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シエルは思いっきり眉間に皺を刻んだ。貴婦人たちのコンパクトのように開いたそれに、白粉などが詰まっているはずもない。合わせ鏡のように、上下に黒くて少し柔らかな何かがはめ込まれている。また下の部分にのみ、黒い何かを挟んで左に十字ボタンが、そして右側には丸いボタンが二つあった。 「これは、何をする物なんだ?」 「ゲームですよ」 クスリと小馬鹿にしたような笑みに、シエルは悔しそうな表情でセバスチャンを見た。正直、セバスチャンの言っている意味が分からない。こんな小さな物でゲームなど、何が出来るというのか。 「ポータブルゲーム機と言って外の世界でお子様方に大変人気の商品だそうです」 時間と世界に置いてけぼりを食っているシエルに、セバスチャンは小さく笑う。シエルを世界から孤独にしているのは、他ならぬセバスチャンだった。世界中が炎と血に染め上げられ、空が醜い戦闘機で埋め尽くされた時でさえ、セバスチャンはシエルの耳と目を塞ぎ続けた。シエルの世界は、この死の島だけでいい。その燃えるルビーの瞳に映るのは、セバスチャン以外に何が必要だと言うのか。その感情に付ける名があることを、セバスチャンは知らない。それもまた、知る必要のないこと。 「遊んでみますか?」 セバスチャンがゲーム機の横を撫でると、電源が入り中央の黒い何かが発光した。黒かったパネルは白く光り輝き、文字が浮かび上がる。 「な・・・・・何だ・・・・・・」 シエルが時を止めて既に百年以上の時間が流れていた。その間、技術は止まることを知らず加速しながら発達発展してきたのだ。掌に収まる程度の筐体に、ありとあらゆる英知が詰め込まれ、更にそれは決して珍しい物ではないレベルにまで到達していた。シエルは息を飲んだ。自分が業界から離れている間に、世界はまるで魔法を手に入れたかのようだ。 「本来でしたら、坊ちゃんにこのような物をお渡ししたくないのですが・・・・」 シエルの世界は常に閉じていればいい、と言うのがセバスチャンの本音である。このような最新鋭の技術を終結させた、ましてやゲーム機などシエルに与えるなど正気の沙汰とは言い難い。それでも、セバスチャンが折れたのには理由があった。 悪魔や魔女、それら永遠を生きる者たちにとって退屈とは最上の苦痛だった。特に、悪魔としても若いシエルは、その退屈のやり過ごし方を未だ覚えようとしない。暇つぶしに読みきれないような量の本を与えても、結局一週間と持たずに読破してしまうのだ。幾ら繰り返し読むとしても、暗唱できるほど読み込んでしまえば、それらは紙束以上の価値はない。考え抜いた結果、セバスチャンは常に違うレスポンスをするゲーム機の購入に至ったのだった。 「レースゲームですね。ここでステージを選んで、使用するキャラクターを選択してください」 説明書を片手に読み上げるセバスチャンに、シエルはフンと鼻を鳴らした。 「ソイツを貸せ」 セバスチャンの説明など不要とばかりに、説明書を奪い取ると読み進めながらゲーム機を操る。説明書を読まなくても理解できるよう、操作は容易に出来ている。なるほど、とシエルは感嘆の念を漏らした。これこそが、大人気と謳われる理由であろう。
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