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ギシリと椅子を撓らせて、ミハエルは更に遠くのオーロラビジョンに映るランカの姿に目を凝らした。
「忙しそうですよねぇ、ランカさん。寝る時間ちゃんと取れているんですかね?」
心配そうなルカに、ナナセが少しだけため息を吐いた。
「時々メールは来るんだけど、凄く忙しそうなの」
ランカの人気は嬉しいが、その反面彼女の健康の方が気になるのだろう。ファン第一号でありながら、友人でもある所以の辛さ。
「昔のアイドルは移動時間ぐらいしか寝られない、という話もあるもんな」
盲腸で入院したアイドルが、全身麻酔にしてください、ゆっくり眠りたいんです、と医者に訴えたという壮絶な話も聞いた事がある。
「きっと、ランカさんなら大丈夫ですよ。凄腕のマネージャーさんがついているようですから、きちんと体調管理もして貰えてますよ!」
シュンと俯くナナセに、ルカは必死に笑顔を引き出そうと明るい声で言ってのけた。ミハエルもナナセを安心させるように、目尻を緩める。
「大丈夫だよ、ランカちゃんなら」
百の言葉より一の笑顔。アルトは何ともいえない表情で、彼らの遣り取りを見ていた。ミハエル・ブランという男は、つくづく罪作りな男である。改めて再認識するハメになり、アルトはケッと吐き出した。
「ところで、姫は何を飲んでるの?」
ナナセがルカを相手にランカ談義をぶつけ始めたところで、ミハエルは会話のターゲットをアルトに絞ったようだ。もしかしたら、アルトが退屈しているとでも勘違いしたのかもしれない。いやいや、そういう気遣いができるから、コイツは女性にモテるのだ。
「グリーンティー。時々無性に飲みたくなるんだよな」
「一口貰い!」
アッと声を上げた時には、もう遅い。カップはミハエルの手の中に落ち、美味そうにチュルチュルとストローを啜っている。
「だから、いい加減にしろって言ってるだろう!」
ミハエルの耳は、ありとあらゆる意味で高性能らしい。アルトの文句を綺麗に聞き流して、何事もなかったかのようにカップを返却する。
「一口だけだって。サンキュー」
いたずらっ子のように笑うミハエルに、アルトは肩を落とした。どうも本質的に自分の不満は伝わらないらしい。糠に釘、と呟いてアルトはストローに口をつけた。その時だ、カフェテラスの空気が一瞬ざわめいた。
「あ、アルト君。間接キス」
「ランカさんっ!」
ガタンと椅子をひっくり返す勢いでナナセが立ち上がり、アルトは必死に口を押さえた。声の主がランカだと気付くと同時に、彼女の発した言葉の意味に危うくグリーンティーを噴き出す所だった。
「ナナちゃん、皆久しぶり。元気してた?」
ヒラヒラと手を振るランカの姿に、ナナセは感極まって卒倒寸前。慌てるルカを視界の端に留めながら、ミハエルはランカに席を勧める。
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