揶揄の響きもない、心からの感嘆の声に、アルトは視線を落とした。ミハエルの指に捕らえられた髪が視界の端で揺れると、すぐ耳元で小さく口付けの音がする。ヒクン、と小動物のように警戒するアルトに、どうしても頬が緩んでしまう。ミハエルは誘われるように、アルトの形の良い顎に指を掛けた。

「こんな綺麗な鬼になら、食われても良いかな・・・・」

 吐息が触れる程近くで囁かれて、アルトは慌ててミハエルの厚い胸板を押し返す。

「っ・・・・・寝言は寝てから言うもんだっ!」

 近い、と不満を乗せてミハエルを見れば、僅かながら熱を孕んだような真剣な眼差しにぶつかる。アルトは、慌てて袴の脇を握り締めた。

「寝言とは、心外だな。俺は、姫に対してはいつも本気だぜ?」

 ス、と目を細めて再び距離を詰める。そうしながら、ミハエルはアルトの手に視線を投げた。何かを隠すように、強く握られた白い手。ミハエルの胸を押し返す時、その拳が解け、一瞬白い肌が覗いたような気がしたのだ。柔らかな肌に食い込む、黒いリボンのような物。アルトが好んでするとは思えぬセクシャルなそれは、果たしてミハエルの気のせいだろうか。

「いつも本気で、アルトのことを俺しか知らない場所に閉じ込めておきたい、と思ってるよ・・・・・今だって、どうやってハロウィンパレードをサボろうか、必死になって考えてる」

 エメラルドグリーンの瞳が、妖しく光る。アルトは息を飲んだ。狩衣風の衣装に狐の耳などという普段と違う格好のせいだろうか、湛えられた微笑みさえ違って見える。

「・・・・ミシェル・・・・・」

 いつもとは違うミハエルの雰囲気は、まるで口にしていることを実現させてしまいそうだ。声を震わせるアルトに、ミハエルは自嘲を漏らして、少しだけ歩みを早くする。斜め後ろにアルトの気配を感じながら、口を開く。

「そんなこと、アルトが承諾するわけないことぐらい、俺が一番良く分かってるよ。それに、姫が籠の鳥って言うのも似合わないしね」

 姫って言うな、というアルトのいつもの声に、ミハエルは密かに息を吐き出した。想像以上のアルトの美しさと艶かしい姿に、うっかり本音が零れてしまった。そう、アルトを閉じ込めておくことができないのは、重々承知している。それでも、この無警戒で無頓着なお姫様を、誰の目にも触れさせたくない、というのは紛れもないミハエルの欲望なのだ。本当は、触れることさえ叶わない綺麗なアルト。こんなドロリと浅ましい感情を常に抱えていると知られたら、無垢な天女はどんな顔をするだろう。正直、想像するだけで脚が震えてしまう。

「ミシェルの尻尾、重そうだな」

 少し急ごう、と脚を早めるミハエルに、アルトは小さく呟いた。宿舎内は、先程までの騒々しさから一転し、静けさに支配されている。もしかしたら、残っているのはアルトとミハエルの二人だけかもしれない。上手く話題の転換ができた、と胸を撫で下ろしつつ、ミハエルは何気なさを装いながら肩を竦める。

「下半身の筋力トレーニングだと思うことにしたよ」

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