芝生の上で若干バランスを崩しながら、坂を登りきると、そこにはそれまでの西洋風の庭とは全く趣の違う庭が姿を現した。岩を組み合わせて作られた池。対岸を結ぶ、朱塗りのアーチ型の橋。枝振りの立派な松は美しく刈り込まれ、色付き始めた紅葉が柔らかな風にハラハラと舞い落ちる。敷き詰められたのが玉砂利ではないのが残念だが、それでも詳しくない人間が勉強してくれたのだと思うだけで、アルトは微笑みを零した。

「さすがに疲れたな・・・・・」

 ミハエルは吐き出すように呟くと、芝生の上にドッカリと腰を下ろした。着慣れぬ衣装に、履き慣れない草履。足袋を履いてはいるが、親指の付け根がじんわりと熱を持っているかのように痛い。尻尾の位置を直して、ミハエルは草履を脱いだ。そして、手にしていたペットボトルに口を付ける。

「鼻緒が擦れたか?」

 ミハエルの隣に腰を下ろして、アルトは心配そうに眉根を寄せた。初めてであろう草履で、かなりの距離を歩かされたのだ。にも関わらず、ミハエルの白皙には一分の辛さも滲まなかった。それは、まるで舞台に立つプロの演者。

「あぁ、多分な。正直、少し間空けないと歩く自信ないぞ」

 痛みに顔を顰めながら、ミハエルは草履を脱ぎ捨てた。さぁ、とひんやりとした風が、前髪を攫う。アルトも帯締めを解いて般若面を外すと、そのままゴロリと寝転んだ。玉砂利では、さすがにできなかっただろう。設計者の妥協案に感謝である。

「オレも疲れた」

 ミハエルと違って、アルトの場合は精神的な疲労が大きい。何しろ、とアルトは白い袂に目をやった。常に袴の脇に気を使って、舞台の上にいる時以上に、立ち振る舞いを考えていたのだ。それを、完全に払拭できるのだ。こんな解放感はない。

「・・・・それにしても、良くできてるよなぁ・・・・」

 ころん、と寝返りを打って、アルトは目の前で揺れる金色の尻尾に手を伸ばした。ふわふわの尻尾を撫で、柔らかさを確かめるように掌に握り込む。滑らかな手触りは、上質の毛皮を思わせた。なるほど、とアルトは頬を緩めた。一緒にパレードを歩いた天使が、気に入る筈である。

「お陰で、結構重いんだけどな・・・・」

 一本ならまだしも、それなりの大きさをした尻尾が九本もあるのだ。腰の鍛練にしては、ハード過ぎる。

「本当に気持ち良い・・・・・」

 芝生の上に力無く垂れた尻尾たちに、アルトはグイグイと頬を押し付けた。ふんわりと包むような感触に、強ばっていた体がじんわりと解けて行くような感覚。うっとりと目を細めて、アルトは息を吐き出した。

「別に神経が繋がってるわけじゃないんだけどさ、さすがにちょっとくすぐったなぁ、なんて・・・」

 気のせいだと分かっていても、それでもアルトの白く細い指が梳いている、と思うだけでどうにもむず痒い。肌を重ねる仲とは言え、アルト自らこんなに積極的に甘えてくることなど、未だ嘗てあっただろうか。ミハエルは、溜まる唾を飲み込んだ。落ち着け、と呪文のように繰り返し、ミハエルは深呼吸を繰り返した。そう、軽いスキンシップでドキドキする程、自分は綺麗な人間ではない。アルトと結ばれるまでは、数多の女性と浮名を流してきた。ネイルに彩られた指で、髪を掻き乱されたことだって数回ではない。落ち着け、と口の仲で呟いて、ミハエルは振り返った。

「あのさ、姫?」

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