ミハエルの病室前に立ちながら、アルトは一歩を踏み出せずにいた。手にしたお見舞いを、ミハエルは気に入ってくれるだろうか。何より、第一声はどうしたら良いのだろう。初めて舞台に立った時以上に、アルトは緊張した。あぁ、どうしてルカがいてくれないのだろう。アルトは大きく深呼吸をすると、腹の底に力を入れた。そして、覚悟を決めると病室のドアを開けた。
 部屋は六人部屋だが、実際の入院患者はミハエルと他数名で全体的に殺風景な印象を受ける。アルトは一歩一歩を意識しながら、ミハエルのベッドを目指した。
カツンと靴音が響く。ミハエルは手を止めると、顔を上げた。
「よう、姫。何?お見舞いに来てくれたの?」
 嬉しいなぁ、と屈託のない笑顔を閃かすミハエルに、アルトは一瞬息を呑んだ。額に巻かれた包帯の白さが目に痛い。それでもどうにか表情を改めると、手にした風呂敷包みをズイと差し出した。
「見舞いだ」
 ぶっきらぼうに突き出された包みを受け取って、ミハエルは結び目に指を掛けた。夏らしい浅葱色の生地に、細く白い花が描かれている。まるで花のような香りを放つ、サラリとした手触りの布を取り去ると、そこにはアルトが好きそうな航空雑誌が数冊あった。
「この特集は面白そうだな」
 へぇ、と興味を示すミハエルに、アルトはホッと息を吐き出した。少しだけ緊張していた頬を緩めると、アルトはもう一つのお見舞いを手渡した。娘々のロゴとキャラクターが描かれた、保冷バッグ。
「お!まだ冷たいな」
「松浦が保冷剤を多めに入れてくれたんだ」
 まぁ座れよ、とアルトに席を勧めながら、ミハエルは簡易テーブルの上に保冷バッグを置いた。チラリと横目でアルトを見ると、その目はキラキラしている。ミハエルは小さく笑った。きっと、中身はアルトが食べたい物に違いない。お見舞いにかこつけて、興味のある物を選んだのだろう。航空雑誌も、アルトが好んで買う雑誌社から刊行されたムックが紛れている。
「・・・・・・調子はどうだ・・・・・・?」
 保冷バッグを開けて、中身を取り出そうと保冷剤を掻き分けるミハエルの長い指を見ながら、アルトはポツリと尋ねた。ミハエルは手を止めると、アルトに向き直った。その顔は酷く暗く、アルトの方が病人なのではないかと思うほど青い。
「退屈で死にそうだったけど、こうして姫が雑誌を持ってきてくれたお陰で乗り切れそうだよ」
 だから物理の問題集か、と呟いて、アルトは長い漆黒の髪を揺らした。
「違う。そうじゃなくて・・・・・・・」
 アルトは言葉を詰まらせた。

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