「あれから、一ケ月かぁ・・・・・・」 久しぶりの銭湯から帰り道。小さくなった石鹸が、ケースの中でカタカタと音を立てている。吐き出す息は白く、湯上りの肌にこの寒気は突き刺さるようだ。マフラー代わりになった髪を掻き集め、アルトは白いダウンジャケットを被るようにしてアパートへと急いだ。 ボロボロの階段を上り、冷え切った我が家へ入ると、アルトは再びため息を吐き出した。暖房のスイッチを入れ、湯を沸かしながらアルトは考える。 あれから一ヶ月。 生まれて初めて、誰かにバレンタインチョコを手作りして渡して一ヶ月が経つのだ。あの日、ミハエルはアルトに甘く蕩けるキスをくれた。だが、二人の仲はそれ以上の進展を見なかった。むしろ、夢だったのかと疑いたくなるくらい、友達として日々を過ごしてきた。 「・・・・・・夢だったのかな・・・・・・」 そっと、アルトは唇に指を伸ばす。この唇に、果たして本当にミハエルは口付けたのだろうか。あの女好きが、男である自分に自ら唇を重ねるなんて、都合の良い夢を見たのかもしれない。だってミハエルの唇など、とうに忘れてしまった。 「変だ・・・・・・」 見返りが欲しかったワケじゃないのに。ミハエルからホワイトデーの話題が出た時もそうだ。ただ、気持ちを形にするだけで良かったはずなのに。なのに、どうして心はこんなに期待しているのだろう。期待して何もなければ、傷つくのはアルト自身だと言うのに。力なく俯くと、結っていない髪がサラサラと肩口から滑り落ちる。 どんよりとした気分に爪先まで侵されそうになった瞬間、薬缶が沸騰を告げるホイッスルを吹き鳴らし、アルトの思考を蹴散らした。 |