クランが、換気の為だ、と開けていった窓から爽やかな風が吹き込んでくる。それはミハエルの前髪を揺らし、消毒薬の匂いに満ちた病室に日常を運び込んでいるようだ。
「クランのヤツ・・・・・・」
 ミハエルは通学鞄を抱えて、深いため息を吐き出した。
 アルトのバースデーに、クーデター真っ最中のガリア4にランカを届けた帰り、様々な要因が重なってミハエルは負傷し、数日間の入院生活を余儀無くされていた。それでも、遠い地でアルトを失うかもしれない恐怖を悶々と抱えるより、危険覚悟で助けに行け、ましてやその窮地を救えたのは幸福なことであり、更に言えばバジュラとの戦闘中域で気を失いながらも、かすり傷程度で済んだのは僥倖である。アルトはもちろん自分さえ死ぬ可能性があった中、この結果は奇跡とさえ呼べる。いや、とミハエルは薄く笑う。アルトが無事だっただけでも、自分は奇跡を信じただろう。
 そんなミハエルの目下の問題は、有り余る時間の過ごし方だった。暇つぶしに女性看護士に声を掛けても、やれることはたかが知れている。そんなわけでミハエルは、ちょくちょく顔を見せるクランに暇つぶしの道具を頼んだのだが、勉強しろとでも言うかのように、通学鞄を持ってきたのだ。
「教職課程も取る奴は違うねぇ」
 普通『暇つぶし』とリクエストを受けたら、雑誌などの娯楽類を選択するだろう。だが、曖昧な希望を言った自分にも非がある、とミハエルは肩を竦め、鞄を開いた。
「うっわ、そのまま持ってきただけだし」
 ミハエルはがっくりと項垂れた。鞄の中身は、ミハエルがランカを連れてガリア4に向かった時のまま。必要最低限、その日ある教科以外の物を持ち歩く習慣のないミハエルの鞄には、暇つぶしになりそうな物と言ったら、物理の問題集くらいだった。アルトのように時々文庫本を持ち歩いていれば、多少気分も違っただろう。だが、ミハエルは一度天井を仰ぐと、備え付けの簡易テーブルを引き寄せた。問題集とノートを開き、鞄の中からペンケースを取り出す。その時、ペンケースに引っ掛かって白く細長い袋のような物が膝の上に落ちた。
「バタバタしてて、すっかり忘れてたよ・・・・」
ミハエルは思わず右手で目許を覆った。それは、白い不織布で作られたレースの袋。ミハエルは袋を拾い上げると、口を縛っているサテン地の細い水色のリボンを解いた。袋を逆さにすると、銀色の細い髪飾りが零れ落ちる。銀色のボディに、青や藍、ダイヤを思わせるラインストーンがキラキラと輝いている。夏にぴったりの涼しげなデザイン。ミハエルは少しだけ寂しそうに微笑を浮かべると、ため息とともに髪飾りを袋に入れた。

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