Shall we dance

 

 

 自由登校とは言え、教室はかなりの賑わいを誇っていた。授業もほぼ自習に次ぐ自習で、皆やがて来る別れを惜しむように、お喋りに忙しい。そんな中、シェリルとランカも女子のグループに交ざって、雑談に花を咲かせていた。ここ最近の話題は、プロムのドレスについてだ。まだ誰からの誘いもないが買ってしまった、と笑いを誘う。


「だって、一目ぼれだったんだもん!」


 少女の声に、また笑いが起きる。


「シェリルトとランカは、生徒会からのオファーなんでしょ?」
「高嶺の花だし、普通の男子じゃ、声掛けるだけでも緊張しちゃうしねぇ・・・」


 にも関わらず、シェリルが転入してきた当初から積極的に声を掛け、自分のグループに引き込んだミハエル・ブランの度胸は、感心の一言である。
 ふと上ったミハエルの名に、誰かが呟いた。


「・・・ミシェル、もう誰かが誘ったのかな・・・」


 それは学年中の、いや学園中の女子生徒が、今一番気になっていることだった。自分が誘われるとは思っていないが、数多の女性と浮名を流したミハエルである。もしかして、何てこともあるかもしれない。そんな淡い期待が、少女たちの心に渦巻いていた。


「そんなの、本人に直接聞けば良いんじゃない?」


 ヤキモキとしているクラスメイト達に、シェリルは不思議そうに首を傾げて見せた。きゃぁ、と悲鳴を上げる少女に、ランカは柔らかく微笑んだ。まだ夢を見ていたい、と言う気持ちは分かる。奇跡を信じていたい、恋と呼ぶには未熟な感情。だが、シェリルはやおら立ち上がった。


「ちょっと、ミシェル!」


 教室の前方で固まって喋っていた男子生徒たちが、女王様の声にピタリと口を閉ざした。そして、窓に寄り掛って話に混ざっていたミハエルに、視線を向ける。


「俺?」


 ミハエルは、驚きに目を見張って自らを指差した。そう、女王様の奴隷と言えば、隣でボンヤリと空を眺めている、アルトのことである。無理難題を吹っ掛けられるのはアルトで、自分はそれを陰ながらサポートする役目の筈である。それが、アルトを飛ばしてご指名を受けるなど、身に余る光栄過ぎて辞退したい。


「ちょっと、こっちにいらっしゃいよ」


 形の良い胸の下で腕を組んで、僅かに胸を反らせるシェリルに、アルトは肩を聳やかした。

 

「骨は拾ってやるよ」


 アルトは知っている。シェリルがあのポーズをする時は、大抵ロクなことにならない。ポン、と相棒の背中を押して、自分は高みの見物を洒落込もう。


「・・・薄情者・・・」


 恨みがましい呟きを洩らして、ミハエルは男子たちが見守る中、シェリルが待つ女子のグループへと足を踏み入れる。


「何か御用でしょうか、女王様?」


 スっと芝居染みた仕草で頭を下げれば、少女たちから黄色い悲鳴が上がった。まさに女王様付きの騎士のよう。だがシェリルは、何の感銘も受けない、とばかりに口を開いた。


「アンタ、もう誰か誘ったの?」


 単刀直入なシェリルの言葉に、ランカはもちろん女生徒全員が目を剥いた。ミハエルも、あまりにストレートな質問に、一瞬言葉に詰まる。


「誘うって・・・プロムだよね?」


 念の為の確認、と断ってミハエルはチラリと視線を投げた。その先では、男子生徒たちが聞き耳を立てている。どうやら、ミハエルのパートナーが気になるのは、女子だけではないらしい。気のせいか、窓の外を眺めているアルトの耳も、ミハエルの答えを待っているかのようだ。


「・・・・気のせいなんだろうけど」


 口の中で呟いて、ミハエルはシェリルを見た。女王様然と鷹揚に構えて、ミハエルの答えを待っている。まいったなぁ、とミハエルは顔に出さずに息を吐いた。答えない、という選択肢はない。そんなこと、シェリル女王が許す訳ないのだ。ならば、とミハエルは腹を括った。


「まだ、誰も誘ってないよ。誘いたい人はいるんだけど、断られちゃって」


 ざわ、と教室の空気がどよめいた。ふとランカが振り向けば、幾人かの少女は机に突っ伏し、何人かは目の回りを真っ赤にしている。


「じゃぁ、誰も誘わないつもり?」


 シェリルにとって、ミハエルが誰を誘おうとして、なぜ振られたのかなど、正直興味のない話だった。そう、大事なのはその後。


「高校最後の思い出だもんな・・・」


 ミハエルは眼鏡のブリッジを中指で押し上げると、クルリと踵を返した。つまり、とその背中を見ながら、シェリルは小さく呟いた。ミハエルにとって、プロムに出ない、という選択肢はないのだ。


 ならば、誰を誘うというのか。例え、ミハエルに誘われれば、二つ返事で手を取る女性がいるとは言え、誰でも良い訳でもないだろう。声を掛けられた女生徒は、学園中の嫉妬と羨望の渦中に、立たされることになるのだ。果たして、とシェリルは髪を掻き上げた。普通の女生徒に、耐えられるとは思えない。そして、ミハエルがそれを強いるとも考え難い。


 教室中が固唾を飲んで、ミハエルの一挙手一投足を見守っている。そんな中ミハエルは、我関せずとばかりに、空を見上げるアルトの後ろに立った。
「ねぇ、姫」


 ミハエルの声に、アルトは長い髪を翻しながら振り返る。そして、クラス中の視線が自分に向けられていることに、キョトンと首を傾げた。何が起きようとしているのか。困惑する自分などお構いなしに、ミハエルはスっとアルトの手を取った。


「俺とプロムに参加してくれないか?」
「・・・・・・・・・」


 キラリ、とまるでおとぎの国の王子様のような笑顔を閃かせ、ミハエルはアルトの手の甲に口付でもしそうな勢いだ。おぉ、と低い声の歓声に、アルトの思考がようやく起動する。


「はぁぁぁ?」


 何でオレが、とアルトは声を上げた。興味がないから出るつもりはない、と話をしたのは、つい昨日のことではなかったか。いやピロートークではあったが、と余計なことを思い出しつつ、アルトはミハエルを見据えた。


「頼むよ、他にいないんだ」


 甘えるように覗き込んでくるエメラルドグリーンに、アルトは小さく唸った。プロムに興味がない、と言うのは本当のことだ。だが、誰かに無理矢理誘われれば、参加を考えなくもない。そう、とアルトは拳を握り締めた。自分が、プロムなど行きたくない理由。それは、自分以外の誰かがミハエルと仲睦まじく踊っている姿を、見なければならなくなるから。なら、とアルトは自らの手を取るミハエルを見た。