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苛烈を極めた戦いの終わりは、長きに渡って銀河を彷徨い続けたフロンティア市民に、永住の地を齎した。フロンティア政府は、いち早くバジュラたちから受け継いだ美しい星を、その自然と環境を維持しつつ開発する為の法律を整備すると、市民たちに積極的に入植するよう呼びかけたのだ。
人々が生活できるよう、造成及び区画整理は急ピッチで進められ、同時に住宅はもちろんその他施設の建築も始まると、物流が活発化するのは当然のこと。まさに激流となった物資の運搬に、かつての戦いの功労者までが借り出されるなど、嘆かわしいと思うだろうか。
否、断じて否。
そもそも彼らは、自社が運搬する荷物を護衛する為に組織されたセクションであり、民間軍事プロバイダとして知られるようになっただけ。所属している社員をフレキシブルに登用し、会社の発展に従事させるのは経営者なら当然の判断だ。
そんな訳で、哨戒任務でデュランダルに乗るよりも、運送業務でカーゴやトラックを転がすことが増えたアルトは、大きく息を吐き出した。トラックの運転席から降りながら、SMSのロゴが入ったキャプを取ると、長く艶やかな黒髪がサラリと零れ落ちる。肩口にかかる髪を背中に流し、空を見上げた。前髪を浚う風が孕む濃密な大気。体いっぱいに浴びるように飛んだら、どれ程気持ちが良いのだろう。
「・・・せっかく、本物の空があるのに・・・・」
恨めしく吐き出して、アルトは後ろ手にドアを閉めた。その時、耳に馴染んだ声がアルトを呼ぶ。
「姫!終わったか?」
「悪かったな、遅くて」
ケと吐き捨てるアルトに、ミハエルは肩を竦めた。
日々開通する道路に、雨後の筍のように完成するビル。刻一刻と変わる町並みに、どうしたらカーナビが機能するだろうか。白地図を握り締め、自ら作っていくしかない。それを得意とする者もいれば、不得手な人間もいる。ミハエルは前者であり、アルトは後者だった。それを認めてしまえば良いのだが、そこは負けず嫌いのアルトである。ミハエルと同じ量の荷物を捌こうと、毎日無駄な足掻きを繰り返しているのだ。まぁ、とミハエルは肩を竦める。会社としては、一つでもたくさんの荷物が滞りなく運ばれれば、問題はない。そう、アルトの努力は、会社的には大歓迎に違いない。
「ルカから、配達が終わったら大至急で本社ロビーまで来るようにってメールが来たんだ」
「ルカから?」
アルトは首を傾げた。ルカからの呼び出しも不可解ならば、指定された場所はもっと謎だ。
「本社ロビーって、何があるんだよ?」
アルトの問いに、ミハエルは首を振った。
「さぁな。取り敢えず、本社ロビーに行こうぜ」
ほら、と手首を掴むミハエルにアルトは抗った。
「せめてシャワーくらい浴びさせてくれよ」
「気持ちは分かるけど、これ以上忙しいルカを待たせる訳にはいかないだろ?」
つまり、とアルトは唇の裏を噛んだ。もう少し早く配達から戻って来られていれば、シャワーを浴びる時間はあったと言うことか。悔しさを滲ませるアルトに、ミハエルは気付かない振りをして踵を返す。
「ほら、急ぐぞ」
駐車場を横切るミハエルに、アルトは小さく呻いた。
「あぁ!チキショウ!」
ポケットからハンカチを取り出してアルトは滴る汗を乱暴に拭うと、小さくなっていくミハエルの背中を慌てて追い掛けた。
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ルカから大急ぎで!と呼ばれた本社ロビーに足を踏み入れると、黒山の人だかりがそこかしこにできていた。その中でも一際たくさんの人が集まっていたのが、掲示板の前だった。
「掲示板?」
アルトは首を傾げた。入館ゲートを潜って一番目に付くその掲示板は、会社からのお知らせはもちろん、人事異動なども掲示される。
「人事・・・あ!もしかして、オレたちの昇進が決まったとか?」
あの大戦の功労者たちを称えよう、と経営陣はクォーターの乗組員たちの二階級特進を決めたらしい、という話があったのだ。俺は死んでねぇ!と吠えるオズマをボビーが宥めていた姿を見たのは、いつだっただろうか。
「ん〜・・・だとしたら、関係あるのは俺たちだけだ」
ミハエルの指摘に、アルトは小さく唸った。確かに、一般の職員には関係のない話である。そしてこのロビーで騒然としている殆どの職員は、前線など知らぬ人間ばかりだ。アルトたちの二階級特進など、対岸の火事だ。では、とアルトは更に首を傾げる。SMS全職員が大騒ぎするような事態とは、一体何があるだろうか。
「経営破綻?」
いやいや、とアルトは首を振る。もしそうならば、本社内は上へ下への大騒動になっている筈である。それに、毎日配送業務で目も回るくらいに忙しいのだ。にも関わらず倒産するとしたら、経営陣は揃って無能と罵られても当然だ。
「アルト先輩!ミシェル先輩!」
詮ないことを鬱々と考えるアルトの思考を中断するように、聞き馴染みのある声が響いた。ふと顔を上げれば、一際大きな人垣の前で携帯を片手に握り締めたルカが、手を振っていた。どうやら、今や遅し、と自分たちを待っていたらしい。シャワーを浴びたい云々と我儘を口にしたことを、心の中で詫びながらアルトはルカの元に駆け寄った。
「悪い!待たせた」
謝罪を口にするミハエルに、ルカは首を振る。
「いえ、お二人にどうしてもお知らせしておかなければ、と思ったもので」
アルトたちが来るまで、ずっと待っているつもりだったようだ。アルトは眉根を寄せた。果たして、ルカにそこまでさせるような事態とは、何だと言うのか。
「何があったんだ?」
アルトの声に、ルカはキュと表情を改めた。そして人だかりを、否掲示板に視線を向ける。
「あれを見て欲しいんです」
そのルカの言葉に反応するように、人垣が割れて道ができた。それはまるで、とアルトは呻く。海が割れた、という古い伝説を彷彿とさせるような勢いだった。
「人事異動か?」
ヒソヒソと言葉を交わす人々の間をすり抜けるように、アルトとミハエルはルカに促されるまま掲示板の前に歩み寄った。古式ゆかしく貼り出された紙に印刷された文字を、アルトは確かめるように声に出して読み上げる。
「通達。下記の者たちをSMS芸能部門との兼任を命じる」
「ミハエル・ブラン」
「早乙女アルト」
互いに自らの名前を口にして、弾けるように顔を見合わせた。
「芸能部門って何だよ!いつできたんだ?」
幾ら世間に疎いアルトでも、SMSに芸能部門なんて物はなかったことくらい知っている。叫ぶアルトに、ルカは肩を竦める。
「今日です」
そう言って、ルカは隣の貼り紙をトンと叩いた。そこには、本日付けで芸能部門が設立されたことが書かれていた。
「明日、経営企画部から説明があるようですので、恐らくそこで詳細が聞けるのではないかと・・・」
ルカは消え入りそうな声で、アルトたちに最初に示した紙を見るように促す。ルカの視線を辿って再び目をやると、確かに明日の朝一で指定の会議室まで来るよう記されている。なるほど、とアルトは肩を竦める。ルカが粟を食って、自分たちを呼び出す訳である。
「・・・芸能界ねぇ・・・」
アルトは、サラと髪を揺らして呟いた。チラチラとこちらを伺うような視線に、大きく息を吐き出した。良くも悪くも、自分は社内で有名人だった。そんな人間が、会社命令とは言え、芸能界に打って出るのだ。噂のネタにならない方が、どうかしている。アルトは肩を竦めると、ゲッソリと呟いた。
「・・・・来月から学校も再開するんだよなぁ・・・」
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