|
絶対領域~perfect Sanctuary~
|
|
携帯電話の終話ボタンを押すと、アルトは大きく息を吐き出した。ついでにガックリと肩を落としながら、鉄の扉の操作パネルに手を伸ばす。兄弟子からの電話はロクな用事ではないことを、自分はいい加減学習すべきだなのだ。それは、身に染みてわかっている筈なのに。シャワー室から戻ってきたアルトを迎える携帯電話の不在着信があったことを示す光りに、半ば反射的に電話を掛けていた。しかも、不思議そうな色を浮かべたエメラルドグリーンの瞳から逃げるように、部屋から出て。 「・・・・何考えてンだよ・・・・」 それは、誰に向けた言葉だろうか。アルトは溜め息を吐きながら、ふしゅ、と空気の抜けるような音を響かせながらドアを開いた。 「どうした?浮かない顔して。まさか、借金取りからの電話だったのか?」 ミハエルの軽口に、アルトは肩を竦めた。 「借金取りの方が、何倍もマシだよ」 重たいアルトの声に、ミハエルは眼鏡のブリッジを押し上げて、ベッドから身を乗り出した。 「シェリルか?」 間髪入れずに紡がれた言葉に、アルトは乾いた笑いを浮かべるしかなかった。アルトに厄介ごとを持ち込む点においては、確かにシェリルは群を抜いていた。一番に名前が上がるのは、当然かもしれない。だが、とアルトは背中に流した黒髪を揺らすように首を振ると、二段ベッドの下段に足を掛けた。 「電話、さ・・・・」 「・・・うん」 アルトは少しだけ逡巡するように視線を落とすと、ミハエルのベッドマットに爪を立てる。言いようのない感情がグルグルと渦巻いて、アルトを苛んでいた。こんな話をされても、ミハエルは困るだけだと分かっている。それでも、この持て余す感情にどうにかケリをつけてしまいたい、とアルトは半ばミハエルの優しさに縋るように、重たい唇を開いた。 「兄さんからだったんだ・・・・・」 一人っ子のアルトが兄さんと呼ぶのは、彼の兄弟子である早乙女矢三郎氏だけである。アルトを神に愛された天才とするなら、彼は努力の天才と言って良いだろう。だからこそ、誰よりもアルトの才能を愛し、最後までアルトを舞台に戻そうと躍起になっていた。それも、とミハエルは少しだけ遠い目をする。 「・・・・その・・・・親父が・・・・快癒したって・・・・」 「そいつは、良かったじゃないか」 アルトの父である早乙女嵐蔵は、あのバジュラとの大戦前に体調を崩し、長く床に臥せっていたのだ。フロンティア市民が、バジュラたちからこの星を引き継いで、そろそろ半年。長きに渡る闘病生活から脱し、更に打ち勝ったというのだから、さすがと言うべきだろう。だが、勘当された身であるアルトとしては、素直に喜べないのだろう。複雑そうな表情を浮かべているアルトに、ミハエルは小さく笑う。似た者同士の頑固者。だからこそ、嵐蔵は銀河歌舞伎の第一人者として名を馳せることができたのだ。その偉業すら、アルトには認め難いのかもしれない。 「あぁ・・・・サンキュ・・・・」 良かった、というミハエルの言葉に、アルトは小さく頷いた。分からなかった感情に、名前が付いていく。 「それで、月末に後援会の人を招いて快気祝いをするって言うんだ・・・・」 はぁ、とアルトの唇から溜息が漏れた。決して奢る気持ちはないが、最早自分は女形の早乙女アルトではない。バジュラや彼らを利用しようとする暗躍する黒幕たちに立ち向かった、一人の軍人なのだ。今更そんな自分が顔を出して、誰が喜ぶと言うのか。 「オレも家族だから、参加するようにって・・・・」 苦しそうに吐き捨てるアルトに、ミハエルは小さく頷いた。なるほど、アルトの感情を複雑にしている原因はこれか。勘当された手前、ノコノコと出て行くことに抵抗を覚えているのだろう。分かりやすいと言うべきか、それとも早乙女家の人間を懲りないと評するべきか。まぁ、とミハエルは肩を竦めると、唇を尖らせているアルトの横髪を指で梳いた。 「行ってくれば良いんじゃないか?」 「え?」 アルトの琥珀色の瞳が、ミハエルの言葉の真意を探ろうと大きく見開かれる。そのキョトンとした表情が可愛らしくて、ミハエルは目を細めた。 「きっと、親父さんも喜ぶよ」 「そんなこと・・・・・」 ある訳がない、とアルトは呻いた。そう、あの父親は息子としての自分ではなく、役者である『有人』だけを必要としていたのだ。男の身でありながら、女性よりも女らしくあることを強要された。それが我慢ならない、と家を飛び出した自分が今更顔を出した所で、喜ぶなんてあり得ない。むしろ、喜容赦なく怒鳴りつけるに決まっている。まさか、と首を振るアルトに、ミハエルは肩を竦めた。 「大戦が終ってから、一度も顔を出してないんだろう?」 もっと言えば、アルトが家を飛び出して以来、会話をした覚えもない。息を詰まらせるアルトに、ミハエルは眉根を寄せて笑うと、サラサラとアルトの髪を梳く。 「大丈夫って思ってても、突然会えなくなることだってあるんだぜ?」 見上げたガラス越しのエメラルドグリーンが揺れているように見えて、アルトは小さく声を漏らした。そうミハエルはどれ程神様に祈ろうとも、もう二度と家族に会えないのだ。ただの意固地で会わないなど、子供の我侭以外の何物でもない。ミハエルの言わんとしていることは、理解できる。だが、感情が追いつかない。やはりミハエルに言うべきではなかったのだ、と唇を噛むアルトに、ミハエルは優しく笑う。おいで、と声を掛けながら、抱き上げるように手を伸ばす。アルトも梯子に足を掛けながら、誘われるままにミハエルの腕に自らのそれを絡めた。 「それにさ・・・・」 ポスン、とミハエルの香りの残る布団に押し倒されて、アルトは慌ててミハエルの胸を押し退けた。だが、ミハエルはアルトの手を取ると、指に口付ける。 「俺としてはさ、姫に早い所親父さんと和解して欲しいんだよね」 バチン、とウインクしてみせるミハエルに、アルトは思いっきり眉根を寄せた。 「別に、オレの家の事情なんて、ミシェルには関係ねぇだろう?」 姫じゃない、といういつものセリフも忘れず付け足して、アルトは唇を尖らせた。そう、他人が見れば大したことがなくても、本人たちには簡単に解決できない物なのだ。ましてや、完全に拗れた親子関係ほど、修復の難しい問題はない。 「関係ないなんて、悲しいこと言うなよ」 ミハエルの言葉に、アルトの心臓がドキリと跳ねた。自分はミハエルと恋人関係にあるのだ。関係ないなど、口にして良い単語ではない。だが、泣いちゃうぞ、と軽口を叩くミハエルに、その後悔も一瞬だった。ミハエルは、再びアルトの手の甲に唇を押し当てる。 「むしろ、関係大有りだって」 「関係ある?」 ミハエルの手を振り解きながら、アルトは首を傾げた。ミハエルは残念そうにアルトの手を目で追いつつ、大きく頷いた。 「あぁ。だって、このままアルトが親父さんと険悪なままだと、俺、ご挨拶に行き難いよ」 「ご・・・・ご挨拶?」 思わず、アルトは体を起こした。一体、ミハエルは何を言っているのか。 「そう、ご挨拶。息子さんを僕に下さいって」 「は?」
|