鬼姫繚乱

 

 

 

 

 

 「ねぇ、アンタたち週末ヒマ?」


 それは、夏休みを目前に控えたある日。久々に登校したシェリルは、アルトとミハエルを見つけるや否や声を掛けた。


「週末って、夏休み最初の土日のことであってる?」


 確か、とミハエルは携帯を取り出すと、予定を確認する。それをヒョコと横から覗き込んだアルトは、小さく唸った。


「シフト入ってるんじゃねぇか?」


 何しろ学生であるアルトたちが、アルバイトに励めるのは休日ばかり。長期休暇にもなれば平日シフトもあるが、基本的に土日祝日は優先的にシフトに組み込まれる。だがもちろん、土日の仕事も悪いことばかりではない。平日に休みと言うことは、混雑を避けて行楽地に出かけることができるのだ。人混みが得意でないアルトとしては、秘かに有り難く思っていた。


「お!休みだ・・・」


 奇跡、と笑うミハエルに、アルトは思わず複雑な表情を浮かべた。そう、シェリルからの提案や誘いが、一度だってアルトに有益であった試しがないのだ。シフトが入っていれば、体良く断れたのに。そう、週末にシフトが入っていないなど、神の天恵などどうして思えよう。悪魔の采配だ、と頭を掻き毟るしかない。そんなアルトの複雑な胸中など知らない、とミハエルはストロベリーブロンドを掻き上げる女王陛下に向き直る。


「俺もアルトも休みだけど、何か手伝うことでも?」


 本格的にフロンティア船団に腰を落ち着けることになり、男手が必要になったのだろうか。そう首を傾げるミハエルに、シェリルはフフンと豊かな胸を反らせた。


「手伝いじゃないわ」


 確かにミハエルが指摘する通り、ギャラクシーへの帰還は日々困難になって行く一方である。それでも、とシェリルは眦を吊り上げる。例え希望が途絶えても、諦めない。それが、今のシェリルに唯一できることなのだ。

 シェリルは表情を改めると、タイミング良く教室に入ってきたランカを手招きした。そして、その豊満なバストをランカの腕に押し付けるように強く抱き締め、ニヤリと紅唇を笑みに歪めた。


「夏休みの思い出を作らない?」

「へ?」


 何だそれは、とアルトは唇だけで呟いた。この女王様は、何を思い付いたと言うのか。


「ねぇ、ランカちゃんも作りたいわよね?アルトと夏休みの思い出」

「えぇ!・・・それは・・・・そうですけど・・・・」


 シェリルの突然の言葉に戸惑いつつ、それでもランカはしっかりと頷く。


「・・・人気者だな、アルト姫」

「っ姫って言うな!」


 高い位置で結った黒絹の髪を翻しながら気色ばむアルトに、ミハエルは肩を竦めた。この鈍いお姫様は、シェリルの意図にまったく気付いてない、と言うのだ。


 そう、とミハエルは表情を隠すように、中指で眼鏡のブリッジを押し上げる。恥ずかしがり屋のアルトを慮って秘密にしているが、ミハエルはアルトの恋人なのだ。恋人が当て擦られる様を見て、どうしたら心中穏やかでいられるだろう。あの白く滑らかな肌を知る人間は、自分だけなのだと叫んで、歌姫たちの淡い恋心を粉砕してやりたい衝動さえ覚える。


「それで、何を考えてるんだよ」


 ランカすら巻き込んで、一体何を企んでいるのか。怪訝そうに眉を吊り上げるアルトに、シェリルはバサリと長い髪を掻き上げた。


「ランカちゃんには、ちょっと話したことがあるんだけど・・・」

「あぁ!アレですか?」


 そう言えば、と手を打つランカに、シェリルは嬉しそうに唇を綻ばせる。


「最近、私の曲にピッタリな雰囲気の場所とか、PVに使えそうな場所を一般から募って、私自ら現地に赴くっていうバラエティー番組を始めたの」

「あぁ知ってるよ。素のシェリル・ノームが見れるって大人気だよな」


 確か、シェリル・アドベンチャー・ツアーズとかいう番組名だった、とミハエルが頷く。シェリルは、我が意を得たり、と微笑むと唇を開いた。


「この前行った場所がとっても趣があったの。それでね、アンタたちにも見てほしいなぁって思ったのよ」


 シェリルの説明に、ランカが僅かに眉根を寄せるのを、ミハエルは見逃さなかった。つまり、シェリルは間違いなく良からぬことを考えているのだ。もちろん、そんな他人の機微に疎いお姫様は、シェリルの思惑に気付くことなく、のんびりと口を開いた。


「シェリルがバラエティーに出演するなんて、あるんだなぁ・・・・」


 何しろ、シェリル程アーティストという言葉の似合う歌手はいない。そんな彼女が、歌を披露しない番組に嬉々として出演するなど、誰が想像しようか。


「この番組は特別。趣味と実益を兼ねられるしね」


 何だそれは、と目を丸くするアルトに、シェリルはニヤリと唇を曲げる。


「だって、アンタにフロンティア船団の隠れた名所に案内しろって言っても無理でしょ?」

「っ・・・・それは・・・・」


 シェリルの指摘に、アルトは反論の言葉を持たなかった。何しろ、早乙女アルトの世界は驚く程に狭いのだ。早乙女の家にいた頃は、明けても暮れても稽古の日々で、家と学校の往復ぐらいしか外出の機会はなかった。たまに公演があっても、自由になる時間など雀の涙。見識を広げるような暇はない。


 だが、家を飛び出して尚、アルトの行動範囲は広がらなかった。出奔した直後は、爪に火を灯すような生活をしていた為、遊び歩くなどできる筈もなく。また今だって苛酷な訓練の毎日に、休日はベッドでひっくり返っていることしかできない。

学校帰り、たまにミハエルとカフェやゲームセンターに行くこともあるが、それでもシェリルの眼鏡に適うような名所などに行こうとはならない。そう、結局アルトの行動半径その物に、変化はなかった。


「そろそろ本格的に、こっちを活動拠点にすることにしたの。だから、このバラエティー番組の話を受けたのよ。ついでに観光になるし」


 いつまでも沈んでなどいられない。シェリル・ノームが健在であることを、銀河の果てまで届けなければならないのだ。その為には、新しい曲が必要だ。


「知らない物や景色を見れば、イマジネーションが次々沸いて来るから、積極的に色んな体験がしたいの」


 なるほど、とミハエルは頷いた。確かに、趣味と実益を兼ねている。だが、どうしても奥歯に物の挟まったような話し方が、気になる。シェリルは、何を企んでいると言うのか。チラリと横を見れば、要領を得ないシェリルの話に飽きたのか、アルトはぼんやりと視線を窓の外に投げている。


「それで?」


 結論を促すミハエルの声に、シェリルは意味ありげに目を細めた。どうやら、アルトが上の空になっていることに、気付いているようだ。それでも、彼女が指摘しないのは、その方が好都合だから。なるほど、とミハエルは肩を竦めた。シェリルが持って来る話で、アルトが得をしたことがあっただろうか。


 シェリルはニヤリと口角を吊り上げた。


「肝試しをするわよ!」

「肝・・・・試し・・・・」


 夏らしい企画だ、とミハエルは思わず呟いた。その横で、アルトはシェリルの言葉を確かめるように、口の中で繰り返している。どうやら、聞き捨てならない単語に、事態を把握しようと再起動がかかっているらしい。


「・・・肝試しが、どうしてシェリルのバラエティー番組と繋がるんだ?」


 純粋に肝試しが面白そう、と思うだけなら、長々と自らの冠番組を説明する必要などなかった筈だ。まぁ、とヴィクトルは眼鏡の蔓を押し上げる。アルトを煙に巻く為だった可能性もある。いじらしい乙女の戦略、と言えなくもない。だが、ミハエルの問いにシェリルは、疑問を持たれる方が意外だ、と言わんばかりに首を振る。


「だって、この間紹介されて行った所、廃墟だったんだもの」

「・・・・廃墟?」


 へぇ、と目を丸くするミハエルに、シェリルは鷹揚に頷いた。


「アイランド1の街外れにある洋館でね、本当にすっごく雰囲気あったのよ」


 雰囲気が良かったとは、なるほどそういう意味か。


「もうね、肝試しするしかない!ってぐらい」

「肝試しなんて、冗談じゃねぇぞ!」


アルトは何度目かの呟きの末、声を上げた。誰がやるもんか、とアルトは憤然と鼻を鳴らす。だが、怒鳴るアルトなど痛痒に感じないとばかりに、シェリルはせせら笑う。


「あら、アンタ怖いの?」

「っ・・・誰がっ・・・怖いなんてっ!」


 うわぁ、とミハエルは頭を抱えた。かつて天才女形の名を欲しいままにしていた、とは思えない、泥つき大根役者も裸足で逃げ出す演技。これで誰が、アルトが怖がっていないと思うだろう。


「それにしても、このフロンティア船団に廃墟なんてあったんだな」


 新天地を目指して地球を飛び出した船団は、常に限られた資源を運用し、船団で生きる人々の生活を維持する。つまり、余剰などという贅沢は認められない。そう、廃墟などが存在することは、最早政府の怠慢である。ミハエルがそう口にすると、シェリルは小さく唸った。


「その廃墟、フロンティア政府が管理しているのよ」

「政府が?」


 積極的に取り壊し、廃材の有効活用を先導すべき立場でありながら、一体何を考えているのか。


「実は、その廃墟となった洋館なんだけどねぇ、現在の所有者が不明なのよ」

「なら強制執行してしまえば良いんじゃないか?」


 持ち主不明の物を、無駄に残しておくのは如何なものか。しかもアイランド1の街外れ。政府が強権を発動させても、抗議の声は上がらないだろう。街外れでも、その土地を欲しがる人間は、掃いて捨てる程いるに違いない。


「その洋館、地球にある頃から重要文化財だったらしいわ」


 後世に残すべき遺産としてアイランド1に移築され、長く保存される筈だった。それが、何らかの手違いで所有者が不明となり、メンテナンスされることなく廃墟と化してしまったらしい。誰の手も入らず、洋館の存在に政府が気付いた頃には、時すでに遅し。屋敷は既に、改修するには莫大な費用が掛かるまでに、朽ちていた。


「歴史的価値があるから、そう簡単に取り壊せない上に、改修費用までは議会を通せないか・・・」


 なるほど厄介だ、と肩を竦めるミハエルに、シェリルは大きく息を吐き出した。


「お陰で、良い雰囲気よ」


 本当にもったいない、とシェリルは呟く。時間が作り出した価値と言うものは、一度失われてしまえば、二度と取り戻せないのだ。


「そんな重要な場所で肝試しなんて、できるわけねぇだろ!」


 絶対反対!と拳を突き上げるアルトに、シェリルはスゥと目を細めた。


「アンタの許可なんか求めてないわよ。というか、そもそもアンタに拒否権あると思ってるの?」


 ねぇ奴隷くん、と凶悪に微笑んでウィンクを飛ばすシェリルに、アルトは低く唸るしかなかった。そう、最初からアルトに抗う術などない。


「シェリルさん、それだけ古い建物ってことは、何か逸話でもあるんですか?」

「えぇ、とっておきの悲恋がね・・・・」


 ぴょこん、と翡翠色の髪を弾ませるランカに、シェリルは唇の前に人差し指を立て、声を潜めて語りだした。いつとも知れない時代の、悲しい悲しい恋の物語。その成就しなかった想いが、今でも屋敷に渦巻いているに違いない、と。