スキダラケノダーリン

 

 

今にも降ってきそうな満天の星空の下、突然跪いたミハエルに、アルトは戸惑いを露わにした。


 ミハエルから、SMS宿舎近くの公園に呼び出されたアルトは、一体何を説教されるのか、と戦々恐々としながら部屋を出てきたのだ。何しろ、とアルトは肩を竦めた。思い当たる節が、多過ぎる。今日だって哨戒任務の最中に、飛び出し過ぎだ、とオズマから雷を落とされたばかりなのだ。バルキリーから降りると同時に向けられた、ミハエルの苦り切った表情を思い出せば、誰が面白い話だと思うだろうか。
それが、とアルトは緩く首を振った。ミハエルはアルトの姿を確認するなり、無言のまま、まるで姫に傅く騎士のように膝を折り、何事か、と目を丸くするアルトの手を取ったのだ。


「・・・・ミシェル?」


 自分を見上げるミハエルの表情は、どこまでも穏やかで、そして甘く蕩けるような微笑みを湛えていた。そう、お説教とは程遠い表情である。それが、更にアルトを混乱させた。ミハエルの意図が、全く読めない。そう、相変わらず無茶な操縦を繰り返す自分を、諌める為に呼び出したのではないのか。揺れる琥珀に、ミハエルが口を開いた。


「アルトが好きだ。付き合って欲しい・・・」
「・・・・え?」


 ミハエルの言葉の意味が理解できず、アルトは反応できなかった。ただ、何度も目を瞬かせて、ミハエルの言葉を口の中で繰り返す。


「こんなこと言えば・・・バカにしてるのかって言われそうだけど、断じて違う。本気なんだ」


 リアクションのないアルトにミハエルは、怒り心頭で言葉も出ない、と判断したらしい。何しろ、アルトは自らが男であることに、強い拘りを持っていた。否、女扱いされることを、何より嫌うのだ。


伝説の女形、と謳われた過去を持つアルト。その芸の為に、生まれ持った性を捻じ曲げ、男の身でありながら女性として生きることを、実の父親から強要された。だが成長するにつれ、周囲の期待と乖離する体と己の心に、家を飛び出した。そんな相手に、好きです付き合って下さいなど、侮辱していると取られて当然。


「・・・ずっと悩んでたんだ・・・姫は、きっと嫌がるだろうし・・・・それでも・・・」


 ミハエルは眉間に皺を刻み、苦しそうな表情を浮かべた。本当は、今も悩んでいる。自分が口を開けば開く程、アルトを傷付けてしまう可能性が高いのだ。本当にアルトを大事に想うのなら、これは口にすべき言葉ではない、と十分に理解もしている。そう、ミハエルも当初はこの想いを、誰に告げることもなく、墓まで持って行くつもりだった。だが、とミハエルは更に眉間の皺を深くした。


一度は生きることを諦めた自分を、この世に繋ぎ止めた天女。そして、数多の女性と関係を重ねても埋まらなかった孤独を、ただ隣にいるだけであっという間に埋めたアルトに、燻っていた初恋は一気に燃え上がったのだ。


日々膨れ上がっていく感情と、どうにか折り合いをつけて日々を過ごしていたが、それでもミハエルは健全な青少年。シャワー室や部屋で無防備に晒されるアルトの白い肌に、何度惑わされたか。本能に任せて間違いを起こす前に、けじめを着けようと思ったのだ。


「これ以上・・・黙っていられなくて・・・・」


 ミハエルは立ち上がると、アルトの手を自らの胸に押し当てた。指先から伝わってくる、ミハエルの鼓動。それは、アルトが思うよりも早く、トクトクと刻む。

 


「・・・好きなんだ・・・」
 ガラス越しだと言うのに、自分を見つめるミハエルの視線の熱さに、アルトは息を飲んだ。真摯なエメラルドグリーン。まるで、アルトの心を暴こうとするかのよう。その強さに、アルトは思わず目を逸らした。


「姫・・・・」
「・・・っ・・・姫じゃない・・・・!」


 アルトの答えを欲しがるようなミハエルの声に、アルトは反射的に叫んだ。そして、小さく息を吐き出した。


ミハエルが言うように、アルトは女のように扱われることを何より嫌う。そう、男として生きるのだ、と家を飛び出すくらいに。なのに、とアルトは強く拳を握り締めた。ミハエルが言っていることは、父親が強いたこと以上の暴論だ。ミハエルが言うお付き合いは、女性のようにその身体を愛したい、と言っているのだ。ここは、馬鹿にするな!と激怒する場面だ。


「・・・オレは・・・」


 アルトは口籠った。湧き上がってくる筈の怒りが、心のどこを探しても見つからないのだ。それどころか、ミハエルの声で紡がれる、好き、という言葉に、胸の奥からじわりと温かい何かが広がってくる。その理由に、アルトは気付いていた。そうミハエルの言葉は、間違いなくアルトの逆鱗に触れるものだ。だが、ミハエルと父親では、決定的に違うことがある。


「・・・それは・・・」


 アルトは、指先から伝わってくるミハエルの鼓動に、意を決するように顔を上げた。嵐蔵は、役者としての有人しか、必要としなかった。息子としてではなく、自らの舞台を構成する駒としか見ていなかった。だからこそ、息子の性を捻じ曲げることに何の疑問も持たず、女として生きることを是とした。だが、ミハエルは違う。男としてのアルトにも向き合い、その上で告白しているのだ。早乙女アルトという人間を、好きだ、と言ってくれている。


「ミシェル・・・」


あぁ、とアルトは頬を緩めた。男として生きたい、と渇望しながら、それでもふとした瞬間に出てしまう、叩き込まれた女性の仕草。その自分でさえ飲み込めない二律背反を、ミハエルは瑣末なことだと、受け入れてくれるのだ。ならば、何を迷うことがあろうか。


「・・・嬉しい・・・ミシェル・・・」


 アルトはミハエルの手を取ると、自らの頬に押し当てた。そして、目を細める。その可憐な花が咲き綻ぶような微笑みに、ミハエルは目を見開いた。唇を戦慄かせ、呆然と呟く。


「姫・・・それって・・・」


 確かな言葉が欲しい、と緊張を滲ませるミハエルに、アルトはエメラルドグリーンを見据えて唇を開いた。


「よろしくお願いします」


 目を伏せて甘えるように、スリ、と頬に当てたミハエルの手に、擦り寄る。そのミハエルの手が、震えているように感じるのは、気のせいだろうか。


「・・・姫、キスしても?」
「姫じゃない・・・」


 不満を口にしながら、アルトは自ら僅かに顔を上げ、ねだるように唇を薄く開く。ミハエルは、まるで初めて口付けをするように、震えた手でアルトの頬を包むと、そっと触れるように唇を寄せた。