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部屋に戻ると、アルトは起きていなかった。相変わらずカーテンは閉ざされ、聞こえてくるのは寝息だけ。
「月曜提出の課題、確か手つかずじゃなかったか?」
連日の訓練に疲れて、宿舎でノート開いている姿を見たことがない。う〜ん、とミハエルはベッドの前で腕を組んだ。自己責任、と断じてこのまま眠るに任せるのも一つだ。だが、とミハエルは天井を仰いだ。ここは上官ではなく、友人として面倒を見てやるべきなのではないのか。
「そう・・・友人として、な・・・」
ミハエルは自らにも言い聞かせるように声に出すと、閉ざされたカーテンに手を伸ばした。シャ、と音を立ててカーテンを開けると、やはりアルトは頭からブランケットにすっぽりと包まれている。
「姫、アルト姫。いい加減起きろ」
「・・・・・・」
声を掛けても、何の返事もない。ミハエルは手を伸ばした。アルトの肩辺りに触れる刹那、躊躇うように指を引っ込める。
「・・・・アルト」
もう一度声を掛ける。だが、もちろんアルトからの反応はない。返ってくるのは、穏やかな寝息。ミハエルは観念するように息を吐き出すと、ブランケット越しにアルトの肩を叩いた。
「起きろ、アルト」
「・・・・・」
案の定と言うべきか、アルトからのリアクションはない。ならば、とミハエルは肩を竦めると、アルトの肩を大きく揺さぶった。
「アルト!いい加減起きろ!」
ついでに声も大きくして、アルトの肩を掴んで揺らす。さらさら、とシーツの上で漆黒の髪が音を立てた。その音に混じるように、小さな呻き声が聞こえる。
「んっ・・・・ぅぅ・・・・」
ニュ、とブランケットから腕が伸び、肩を鷲掴みにするミハエルの手を払おうとブンブンと動いた。だが、とミハエルは唇の端を吊り上げ、一気にブランケットを剥ぎ取った。
「いい加減起きろ!」
いつまでも寝ていては逆に疲労する、と言いながらブランケットを回収するミハエルの手が、ふと止まった。ベッドの上で、眠たい、とウゾウゾと蠢くアルトの体に、言いようのない違和感を覚えたのだ。
「うぅ・・・・あと五・・・時間・・・・」
「何寝ぼけたこと言ってるんだよ」
目を擦りながらノロノロと起き上がるアルト。それでも、一度抱いた違和感は簡単に消えることはない。軽口を叩きながらも、ミハエルはアルトの姿を注視する。
白い肩やタンクトップの上を滑る黒髪。気のせいだろうか、とミハエルは目を擦った。昨日より、アルトの髪が長いような気がするのだ。ミハエルの記憶が確かなら、アルトの髪は背の中程を覆う位だった筈だ。だが、今は腰に届くか否かギリギリのライン。
「・・・見間違いか?」
あまりのストレスに一晩で髪が全て抜けてしまった、という話なら聞いたことがあるが、一晩で十センチ以上髪が伸びるなど、果たして有り得るのだろうか。いや、とミハエルは首を振る。ベッドの上に座り込むアルトの姿に、抱いた違和感が何であるかようやく分かってきた。そう、アルトの体が一回り、いや二回り程小さくなったような気がするのだ。
「それこそ有り得ない」
ミハエルは眼鏡を外し、軽く瞼を抑えた。疲れているのだろうか。それもない、とミハエルは自らの疑問をすぐに打ち消した。狙撃手たるもの、常に自分の目の状態は把握している。目のコンディションに疑問を覚えるなど、言語道断。
「ならば・・・・」
自分の目に間違いはない。ミハエルは眼鏡を掛けると、再びアルトに向き直った。そして、寝ぼけ眼のアルトを観察する。
「・・・・何だよ・・・」
ジロジロと不躾なミハエルの視線に、アルトは居心地悪そうに抗議の声を上げた。そして、逃れるように体を捩る。刹那、サラ、と涼しげな音を立てて髪が肩口から滑り、ダブダブのタンクトップから白い胸元が露わになる。そこに見えたモノ。
「・・・嘘・・・だろう・・・・」
何が起きているのか。湧き上がる疑問は、無様に掠れて言葉になることはなかった。ミハエルはただ茫然と、ペタンと座り込むアルトを見下ろすしかなかった。
その呻き声すら漏らさず、目を見開くミハエルに、アルトは自らのベッドの上から半ば呆れるようにミハエルを見上げた。その表情は、驚きに満ちている。あまりの驚愕ぶりに、息をすることすら忘れているように見える。
「・・・何なんだよ?」
ただ沈黙して己を見下ろすルームメイトに、アルトは堪らず声を掛けた。併せて首を傾げると、結っていない髪がサラサラと肩口を流れ落ちる。その髪に押されるように、同時に白い肩の上をタンクトップのストラップが滑った。
「っ・・・」
ミハエルは息を飲むと、慌ててアルトを視界から追い出した。その視界に入れることすら嫌がるような素振りに、アルトは拳を握った。
「だから!さっきから何なんだよ。言いたいことがあるなら、ハッキリ言えよ!」
無理に叩き起こされたかと思えば、この仕打ち。自分を姫と呼び、半人前扱いすることも憚らないミハエルだが、この奥歯に何か挟まったような煮え切らない態度に、腹が立つより悲しくなってくる。
「ミシェル!」
何とか言え、と叫ぶアルトに、ミハエルは左手で目を覆うと小さく呟いた。
「・・・・・見えてる・・・・」
「見えてる?何がだよ」
言っている意味が分からない、とアルトは眉根を寄せて不機嫌全開で唇を尖らせる。すると、ミハエルは無言で右手を上げると、アルトの胸元に向かって人差し指を差し出した。そのミハエルが指し示す先を探るように、アルトは視線を自らの胸元に落とし、そして。
「え?」
そこにあったのは、見慣れないまろやかな二つの膨らみ。その先端には、穢れを知らない薄紅の蕾がぷくりと膨らんでいる。
「はあぁぁ?」
意味が分からない。自分は夢でも見ているのか。アルトは震える手で、胸元の膨らみを確かめるように触れた。
「ひ!」
ふにゅん、とつきたての餅を思わせる柔らかなそれに、アルトは助けを求めるようにミハエルを見た。だが、指摘したミハエルは相変わらず顔を背けたまま、耳の先まで赤く染めて無言を貫いている。つまり、とアルトは掌に収まる柔らかな胸を見下ろした。この手の中にある物は、夢でもなんでもないと言うのか。
「・・・っ!」
突如湧き上がってきた恥ずかしさに、アルトは慌てて胸元を掻き合わせ、ミハエルの手からブランケットを奪い取るや否や頭からすっぽりと被った。それだけでは済まない。アルトはベッドの奥に後ずさると、大きく肩で息をする。
「・・・嘘だろ・・・・」
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