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cross over
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「・・・・逃げ・・・なさい・・・・」 白い肌の上でバチバチと爆ぜる火花も気にせず、彼女は恐怖に顔を歪ませる少女を安心させるように、微笑み掛けた。だがその顔は汚れ、捲れた頬から覗くのは無機質な金属。鈍い光沢を放ちながら、それでも彼女を人間のように見せるのは、痛みに眉根を顰めているせいだろうか。 「い・・・・イヤよ・・・・」 ストロベリーブロンドを揺らして、少女は彼女の傍に残りたいと訴える。だが、少女も気付いていた。自分を守る為に、それこそその体を盾にしてきた彼女。いくら血を流さぬ体とは言え、腹を破損されれば、その内にある駆動システムに致命的なエラーが発生する。そうなれば、彼女とてただの鉄屑へと成り果てる。そしてその時間は、すぐ傍まで迫っている。 「貴方を・・・・ここで死なせては・・・・銀河の・・・・損失は大きいわ・・・・」 「・・・・っそんなこと・・・・知らないっ」 あぁ、と彼女は落ちてくる黒髪を、もう自由にならない指で払う。いつもは誰よりも不敵に笑い、不安も恐怖も蹴散らす気丈な少女も、今はそのアクアマリンの瞳が揺れている。彼女は震える腕を伸ばして、少女の頬に滲む赤い血をそっと拭う。 「・・・あまり我儘を言わないで頂戴」 困った子ね、と少女が幼かった頃に良く口にした言葉を呟きつつ、彼女は少女の携帯電話を探り出す。そして、首筋から伸ばしたケーブルを繋いだ。 「・・・・何をしているの?」 何をしているのかまったく分からないが、それでもここから一秒でも早く逃げなくてはならないことは理解している。少女はストロベリーブロンドを纏めると、ボロボロの女性に手を伸ばした。これまで、どんなピンチだって二人で乗り切ってきた。彼女がいたから、自分は生きてこられた。だから、今回も二人で逃げ切るのだ。だが、 「さぁ、これを持って逃げなさい!」 少女の手に携帯電話を握らせると、助けるように伸びてきた腕を払いのける。 「・・・・グレイス・・・・」 どうして、と喘ぐ少女に彼女 ― グレイス・オコナーは柔らかく微笑んだ。 「いたぞ!こっちだ!」 バラバラと複数の足音が近付いてくる。グレイスは眦を釣り上げると、ドンと強く少女の胸を押した。 「いきなさい・・・・シェリル・・・・・」 その声は、まるでシェリルを導くように強く響き、胸の奥深くに染みるように広がっていく。シェリルが顔を上げた刹那、グレイスは踵を返した。そして、まるで傷など負っていないかのように悠然と歩み出る。 「っ・・・グレイス!」 その悲鳴が響くより早く、濃紺のスーツに包まれていたグレイスの体が、銃弾の雨に引き裂かれた。 「ひっ・・・・・」 叫べるのなら、叫びたかった。常に苦楽を共にし、時に厳しく、時に優しく、まるで実の姉のように慕っていたグレイスの姿が、目の前でボロ雑巾のようにズタズタに引き裂かれていく。けれど、シェリルは叫ばなかった。彼女は、その身を挺して自分を守ろうとしてくれたのだ。グレイスの最後の思いを、無碍になどできる筈がなかった。だから、シェリルは口元を押さえて、必死に悲鳴を飲み込み続けた。じわり、と錆びた鉄の味が口中に広がる。だが、シェリルは耐えた。 それから、どれ程の時間が経ったのだろうか。ようやく、銃声が止まった。 「あと一人いたな」 「シェリル・ノームか」 探せ!とライフルを抱えた男たちが散らばっていく。男たちの一人がグレイスの遺体に手を伸ばすと、そのまま何の感情も抱くことなく、ズルズルと引き摺って歩き出した。 「っ・・・・・」 何をする、と飛び掛かりそうになる。けれど、シェリルはその衝動をどうにか遣り過ごし、ノロノロと立ち上がった。緊張のせいか、体中が強張っている。膝は嘘みたいに震えて、まるで生まれたての小鹿のようだ。それでも、とシェリルは握りしめた拳で頬を拭った。 「・・・・グレイス・・・・」 濡れた手の甲を払って、シェリルは小さく呟く。胸元を強く握りしめ、一度だけ目を閉じた。そして、再び開いたアクアマリンの瞳に迷いはなかった。シェリルは、辺りから人の気配が消えていることを確認すると、足音を潜めて走り出した。
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「あぁ・・・・空を飛びたい・・・・」 モップ掛けの手を止めて、早乙女アルトはボソリと呟きを落とした。 ここは、カフェ&バー娘娘。大統領府の裏、通りを五本程挟んだ小さなビルの地下一階に、半年前に老舗中華店娘娘の新業態としてオープンした。その名の通り、娘娘のアレンジメニューが楽しめる他、おしゃれなカクテルも飲めると人気急上昇の注目のお店。だがその実態は、とアルトは肩を竦めた。 半年前、政府によるSMSフロンティア支部への突然の解散命令に、路頭に迷うこととなった隊員たちは、日々の糧を得る為に知恵を出し合い、そして一つの結論に達したのだ。それが、ルカによる提案であった、このカフェの立ち上げである。 「何で急に飲食店なんてやろう、って言い出だしたんだよ」 オープン前だというのに、カウンターバーで優雅にエスプレッソを傾けているルカに、アルトはここ半年間の疑問を口にした。 「理由は幾つかありますが、一番大きいのはLAIで新たなポスシステムとそれに連動した業務会計ソフトを開発してみたのですが、あまりに畑が違い過ぎて、果たしてこれが使える物なのか検証する場所が欲しかった、ということですかね」 兵器や精密機器が主な事業であるLAIが、会計ソフトを開発とは。アルトは、思わず肩を竦めた。次の時代を見据えて、事業の拡大を考えるのは企業として当然の行為なのだろう。それでも、とアルトが緩く首を振ると、長い髪がサラリと音を立てる。 「確か、会計ソフトって儲かるってきいたことあるな」 バーカウンターの奥でグラスを磨くミハエルに、ルカは曖昧に笑って見せる。どうやら図星らしい。アルトは再びモップを握ると、床を磨き始めた。 飽くなき商売魂に感心しつつ、だがしかし、という思いは消せない。幾らタイミングがあったと言え、それでもその検証実験の為だけにルカが私費で店を買い、半ば強引にアルトたちを雇ったと言われても、いまいち納得いかないのだ。何しろ、とアルトは入り口を振り返る。通りを何本か挟んでいるとは言え、大統領府の裏。アルトは、落ちた溜め息をモップで拭う。ニコニコと天使の微笑みを浮かべているルカだが、誰よりも強かなのだ。何か意図がある、と考えるのが普通だ。しかし、他人の機微に疎いと評される自分に、ルカの笑顔の仮面の裏側を測ることなどできる筈もない。 測ることができないと言えば、とアルトはバーカウンターのミハエルを盗み見る。政府からSMS解体命令が下った時、アルトを除くSMS隊員たちは、酷く落ち着いていたのだ。焦ることも、不満を口にするでもない。納得いかない、とキャンキャンと喚いていたのは、アルトだけ。皆、淡々と命令を受け入れ、明日からの身の振り方を相談していたのだ。傭兵とはそういう物だ、とオズマは言うが、新米隊員のアルトには納得いかなかった。もちろん、今だって納得していない。そう、誰が信じるのだろうか。 「じゃぁ、SMSもその会計ソフト使ってたら、解散命令なんて出なかったのかもな!」 不満だと唇を尖らせるアルトに、ミハエルは苦笑を浮かべた。アルトの言いたいことは分かる。SMS解体の理由が、多大な損失を隠す為の不正経理なのだ。前線で働く自分たちにとって、それは遠い世界の話。寝耳に水であったことに、間違いはない。皮肉を言いたくなる気持ちも分かる。 「お喋りは後だ!開店時間はもうすぐだぞ!」
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