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Alto in wonderland
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「何してるんだ?」 ピクニックに行くわよ!と有無を言わせないシェリルの提案に、アルトは引き摺られるようにアイランド1に設けられた緑あふれる公園へと連行された。そこで思わぬ人物を見掛けて、思わず呟きが落ちた。 「アルト君?どうかした?」 翡翠色の髪をピョコンと揺らして、ランカはお重を広げる手を止めたアルトを覗き込んだ。アルト特製唐揚げに、華やかな巻き寿司。サーモンの薔薇で飾られたサラダに、ローストビーフ。昨夜遅く、急にオフになったから、とシェリルの思い付きを聞かされて、それでも尚ここまで準備してきたアルトに、ランカは言葉も出なかった。 「アルト君…本当に凄いね」 自分は精々お茶と簡単なお菓子しか、準備できなかったのだ。しょげるランカに、アルトは淡く微笑んだ。 「さすがにデザートまでは手が回らなかったから、正直すげぇ有難い」 家に小豆はあったが餅粉を切らしており、買いに行く時間もなかったのだ。ここまで準備して、茶菓子を市販品で済ませるのは、プライドが邪魔をした。出会い頭に、パイナップルケーキを作ってきた、とランカから言われてどれ程安堵したか。レジャーシートを広げて、ボーっと空を眺めているシェリルには、分かるまい。 「こっちは各自お湯入れて、好きな濃さに調整してくれ」 アルトは割り箸と取り皿、そして特製味噌玉を入れた紙コップをシェリルとランカの前に置き、水筒をランカに手渡した。そして、アルトは立ち上がった。 「アルト?」 どこに行くのか、と眦を吊り上げるシェリルに、アルトは用意していた言葉を口にした。 「雉打ち」 何のこと?と怪訝に眉を跳ね上げるシェリルに、アルトは何も言わずに踵を返した。その背中にシェリルの声がぶつかるが、アルトは振り返らずに走り出した。
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正直、戻った時の恐ろしさを考えなかった訳じゃない。だが、とアルトは走った。 「確か…こっちの方に…」 それは、ランチの準備をしている時に見掛けた人物。シェリルが言うには、今日はランカとアルトにしか声を掛けていないらしい。つまりこんな場所で、あのお伽噺に出てくるエルフのような耳を、見る筈がないのだ。 「それに、何て格好…」 ハロウィンの時期は、既に彼方に過ぎ去った。だが、ミハエルは何故か燕尾服を着ていたのだ。しかもたなびく長い裾のその間から、白くポワンと丸い尻尾を覗かせて。そう、あれはまさしく尻尾だ。それに、金色の髪と共に頭に生えていた長い耳。 「ウサギ…」 何を考えているのか、と首を傾げつつ、アルトは走る。ハロウィンの衣装だとしても、そもそもミハエルが兎などという柄だろうか。どちらかと言えば、捕食側の動物。ライオンか、それとも狼が似合うだろうか。 「…あぁ…あの盛りっぷりは、ウサギか…」 アルトは思わず足を止めて、天を仰いだ。ミハエルの女性関係が派手だったのは、周知の事実。女性を見れば口説きに掛かり、毎晩相手を求めて夜の街に繰り出すのが日課だったミハエル。それから紆余曲折を経て、自分とミハエルは親友以上の深い関係になった。その日から、朝な夕なに求められ、アルトは寝不足の日々だ。そういう意味では、確かにミハエルは兎なのかもしれない。 「本当に…?」 深くなる木々の影に、アルトは思わず足を止めた。本当に、兎耳を生やしたミハエルは、ここを通ったのだろうか。そもそも、そんなミハエルが実際に存在するのか。 「…見間違えた?」 もしかしたら、幻覚を見たのかもしれない。普通に考えて、ミハエルが兎耳を付けるなど、真夏に雪が降るよりも有り得ない。ただの見間違いだったのだ、とアルトは結論付けて、シェリルたちの元に戻るべく、踵を返した。 「っ!」 刹那、その視界の端で燕尾服の裾が翻る。アルトは慌てて振り返ると、そこにはピコピコと耳を震わせて走るミハエルの姿。アルトは黒髪を棚引かせてターンすると、その背中を追い掛けて走り出した。 「ミシェル!ちょっと待て!」 その声に、一瞬ミハエルが立ち止まり、振り返ったように見えた。だが、ミハエルはアルトを待つことなく、足を動かす。 「…聞こえなかった?」 いやまさか、とアルトは首を振る。ミハエルは、その目だけでなく耳も特別製だ、と嘯いていたような記憶がある。 「何だアイツ」 妙な苛立ちを覚えながら、アルトはミハエルの背中を追った。
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