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冒険者たち
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| 人より二回り程大きい砂蠍に向かって、ランカは力ある言葉を放った。それは、炎の玉となって砂蠍の脇に着弾し、炸裂した。蠍は爆風に怒り狂い、鋭い鎌のような尻尾を振り上げてランカに襲い掛かる。
「いやぁぁぁ!」 目の前に迫る砂蠍の恐怖に、完全にランカの体は凍りついて、足先を動かすことすら叶わない。紫色の毒を滲ませる尾が、無残に振り下ろされる。 刹那、ミハエルは砂を蹴った。悲鳴を上げるランカを横抱きにするように、蠍の前から掻っ攫う。その腕に走った痛みに奥歯を噛んで、ミハエルとランカは砂の上を転がった。その横から颯爽と飛び出したのは、シェリルだった。腰に下げたバスターソードを抜くと、銀色の刃が熱い日差しを受けて、ギラリと光る。 「覚悟なさい!」 彼女の顔に、恐怖はない。むしろ、唇には余裕という名のルージュを塗って、不敵に砂蠍を睨み付けている。シェリルのストロベリーブロンドが、熱風に巻き上がる。同時に、シェリルが動いた。砂を蹴散らし、一気に砂蠍との間合いを詰める。バスターソードを振り上げると同時に、後方支援に徹していたアルトの唇が強化の呪文を紡いだ。手にしていた杖の宝玉が淡く光り、その輝きがシェリルのバスターソードを包み込んだ。 シェリルは強い光を放つ剣にニヤリと唇を歪めると、強く砂を蹴った。そして、迫りくる毒針を一閃の元に薙いだ。ボトリ、と毒を滲ませる尾が落ち、蠍が激しく暴れる。だが、シェリルは慌てない。出鱈目に巨大な鋏を振り回す砂蠍を交わし、硬い甲羅をものともせず切り伏せる。 「シェリル!後ろ!」 ランカの体についた砂を払っていたミハエルが、声を上げた。仲間が倒されたことに腹を立てたのか、砂蠍の集団がシェリルに迫っていた。 「っ・・・冗談じゃないわよ!」 振り返って、シェリルは唇を噛んだ。そこにいた砂蠍の数は、到底一人で捌き切れる数ではなかった。さすがに無傷と言う訳には、と自嘲を浮かべて剣を構える。と、目の前の蠍が甲羅を潰され、砂漠の上に転がった。 「え?」 何が、と目を丸くするシェリル。 「ボーっとするな!次が来るぞっ」 蠍の陰から現れたのは、艶やかな黒髪を涼しげに靡かせるアルトだった。手にした杖の宝玉が、くすんでいる。あぁ、とシェリルは肩を竦めた。どうやら、あの鈍器を振り回したらしい。僧侶のクセに前に出過ぎ、とミハエルが今日もぼやいている。 「アルトのクセに!誰に向かって言ってるの?」 ばさり、とストロベリーブロンドを掻き上げて、シェリルはバスターソードを構え直した。 「ミシェルも行けるわね?」 ミハエルの言葉に、ランカは力強く頷いた。今度こそ大丈夫、と自らに言い聞かせて両手を広げて呪文の詠唱を始める。その背後から無防備なランカを狙う蠍に、ミハエルが飛びかかる。ぶん、と風を切って迫る鋭い尻尾を避けることなく素手で掴むと、そのまま力任せに引っ張った。そして、蠍の尻尾を掴んだまま、グルグルとその場で回り始める。逃れよう、と蠍は暴れるが、武闘家の腕力がそれを許す筈もなく、蠍は砂の上で引き回されるしかなかった。 「最後の仕上げといこうか」 ミハエルは呟くと、遠心力を利用して砂蠍を持ち上げ、回転しながら何度も蠍を砂漠に叩きつける。そこに、ランカの呪文が完成した。炎の玉を空高くに打ち上げ、パチンと指を弾いた。刹那、指の音に呼応するように炎の玉が無数に分かれ、豪雨の如く降り注ぐ。 「ちょっと待て!」 敵味方関係なく降り注ぐ炎の雨に、アルトは叫んだ。一度発動した術を途中でキャンセルできないことは、僧侶であるアルトは良く分かっていた。それでも、何の前触れもなく放たれれば、文句の一つも言いたくなる。魔法使いとしては、まだまだ半人前のランカ。先程の失敗を踏まえ、絶対に外さない、と全体攻撃の呪文を唱えたのだろう。周囲の状況まで勘案できるようになるには、もう少し時間が必要だろう。ならば、とアルトは杖を翳す。 「ミシェル!シェリル!」 水の加護を授ける呪文を唱えて、対象者の名を呼ぶ。ひや、と涼しいベールに包まれたような感覚に、ミハエルは小さく息を吐き出した。幾ら半人前魔法使いの放った術とは言え、当たれば無傷と言うわけにはいかない。前線に出たがる割には、こういったサポートも抜かりない。 「サンキュー、助かる」 そう言えば、と礼を口にしつつミハエルは思い出す。アルトと旅を始めて数ヶ月。その間に気付いたことは、恐ろしいまでの気配り上手と言うこと。そして、本人は至って無意識なのだ。世が世なら、高級宿屋の最高責任者に抜擢されただろう。 「・・・どこでそんなスキルを身に付けたか、気になる所だけどね・・・・」 ふん、と自らの内に湧き上がる好奇心を振り払うように、ミハエルは見る影もなくひしゃげた砂蠍をぶん投げた。 「ありがとう、ランカちゃん」 炎の豪雨に打たれて、ミハエルたちを囲む砂蠍の数は目に見えて減っていた。シェリルはランカにウインクを飛ばすと、次々と蠍を切り捨てていく。その姿は、東方の島国にいるという侍のよう。 そうして、シェリルはダンスでも踊るかのように軽いステップで最後の砂蠍を薙ぎ倒すと、露を払ってバスターソードを鞘に収めた。ふわ、とストロベリーブロンドの髪が背中に落ち、シェリルは大きく息を吐き出した。周りを取り囲まれた時はさすがに焦ったが、どうやらこの仲間がいれば何とかなるらしい。 「そんなこと、口には出さないけどね」 ふふ、と小さく笑って、勇者シェリルは振り返った。 「何とか片付いたわね」 水の加護が切れたのか、途端に熱風が頬を撫でる。一気に噴き出す汗に辟易しながら、シェリルはパーティーの被害状況を確認すべく見回した。 「シェリル、怪我はないか?」 だが、シェリルが確認するより早く、アルトが口を開いた。あぁまた、とシェリルは肩を竦める。回復や治癒魔法担当の僧侶とは言え、真っ先に自分を心配してくれる。アルトのクセに、と悪態をつきつつ、それでも気遣われる心地良さを覚えてしまう。 「私がヘマなんかする訳ないでしょ?それに、お陰様でバッチリ無傷よ」 ふん、と豊かな胸を逸らして見せる勇者様に、アルトは曖昧に頷くしかなかった。確かにシェリル程の手練れが、砂蠍なぞに傷付けられるとは思えない。それでも、とアルトは息を吐き出す。シェリルは動きやすさ重視だ、とビキニアーマーを装備しているのだ。白く腹筋が透ける腹を、惜しげもなく晒している。 パーティーを組んだ当初から、アルトはことある毎にシェリルに全身を覆う鎧を着けるように言っていた。そう、例えどんな人間でも、腹を貫かれれば死んでしまうのだ。復活の呪文で助けられるかどうか、正直アルトには自信がなかった。だが、シェリルはアルトの心配を一笑に付すばかり。そんな喧々囂々と平行線の二人にミハエルは、戦闘中はアルトがシェリルに防御魔法を優先的に掛けることを提案し、場を収めたのだった。 「誰か怪我してる人、いる?」 ほんの数ヶ月前のことなのに、十年以上前の出来事のような気がしてくる。それ程までに、彼らとの旅は心地良い。 「姫、俺の怪我を治してよ」 目の前で開かれた掌には、無数の擦過傷があった。素手で砂蠍の尻尾を掴んで、振り回した結果だろう。うわぁ、とシェリルは顔を顰めるが、アルトはミハエルの傷を一瞥すると、ケっと吐き捨てる。 「ツバでもつけてろ」 汗が染みるかもしれないが、わざわざアルトが自らのMPを削ってまで、治療する程の傷ではない。 「僧侶だからって、無尽蔵にMPがあると思うな!」 毎度毎度、とアルトは憤然と髪を揺らした。この男は、毎回些細な傷を作っては、嬉しそうに治療をねだるのだ。無論、一度だって治してやったことはない。 「大体、姫ってなんだよ?」 柔らかく笑って目を細めるミハエルに、アルトは慌てて視線を逸らした。金色の髪に、エメラルドグリーンの瞳。伝承に出てくる王子様然とした甘いマスクのミハエルは、街を歩くだけで女性が振り向く程の美丈夫だ。笑顔の無駄遣い、とアルトは口の中で呟いて、長い黒髪を棚引かせながら、クルリと踵を返す。さぁ先を急ごう、と一歩を踏み出そうとした刹那、ランカが声を上げた。 「ミシェル君!その腕!」 ランカの声に、シェリルが振り返った。ミハエルの腕には大きな切り傷が、血を滲ませていた。それだけではない。ランカは悲痛そうな表情を浮かべて、アルトに駆け寄る。 「ミシェル君、私を庇った時に蠍の尻尾が当たったんじゃ・・・」 そう言えば、微かに痛みに耐える呻き声を聞いたような気がする。 「砂蠍の尻尾って毒があるのよ」 赤い筈の傷口が、紫色に染まっていた。毒に侵されていることは、誰の目にも明らかだ。 「手の傷の前に、こっちを言うのが先でしょ!」 このおバカ、とミハエルを詰って、シェリルはアルトを呼んだ。これは、僧侶の力が必要になる。 「やっと姫に治療してもらえる」 目尻を下げるミハエルに、アルトは眦を吊り上げる。 「毒が全身に回り切ったら、オレでも手に負えないんだからな」 砂蠍の毒は致死性が高く、この傷を受けたのがランカであれば、ひとたまりもなかっただろう。体力と筋肉の鎧に包まれたミハエルだからこそ、今の今まで軽口を叩いていられたのだ。 「腕、こっちに向けろ」 アルトは唇を尖らせながら、ミハエルの傷口に手を翳した。そして、癒しの呪文を唱える。ふわり、とアルトの手から柔らかな光が生まれ、優しくミハエルに降り注ぐ。 「気持ち良いな・・・」 体中がアルトの温もりに包まれているようだ、とミハエルは口の中で一人ごちた。治癒魔法は術者の魔力を媒介にして、患者の治癒能力を高めて傷を癒す術。それはまるで、とミハエルは詮ないことを妄想しているうちに、不気味に紫色に染まっていた傷口が金色に輝きながら塞がったかと思うと、あっという間に跡形もなく消えていく。 「・・・終わったぞ」 ふぅ、と息を漏らすアルトに、ミハエルは微笑みと共に礼を口にする。と、アルトは僅かに表情を歪め、踵を返した。白いローブの上で、漆黒の髪が跳ねる。その毛先に至るまで美しい、とミハエルは頬を緩めた。そして、傷のなくなった腕を指先でなぞると、シェリルたちに声を掛けて歩き始めた。 |