Very Pink_1

 

 

昼休みの遣り取りを思い出して、アルトは少しだけ頬を緩めた。飛べないと腐っていた心が、嘘みたいに歓喜に沸き上がる。飛べる、と意識しただけでアルトの魂は既に空にあった。授業など今すぐ飛び出してしまいたい。ウズウズして、落ち着かない。その時、アルトの焦燥が伝わったのか、授業終了を告げる鐘が鳴った。
「では、今日はここまで。先ほどの内容はテストにも出すので、各自復習しておくように」
 教師の注意も上の空。教師が教室を出て行くのと同時に、アルトは席を立った。
「ミシェル、お前カタパルトデッキの使用許可は取ってるんだろうな?」
 実は使用許可が下りてません、なんて横槍は勘弁とアルトはミハエルに声を掛ける。言葉に若干の棘を含みながら、それでもウキウキオーラが滲むアルトにミハエルは淡く微笑って見せた。
「俺がそんなヘマすると思うか?万事抜かりナシ」
 常に戦況の二歩三歩先を読む狙撃手に愚問だぜ、とばかりに親指を立てるミハエルに、アルトはホッと息を吐いた。では、グズグズしないで更衣室に向かおう。そして、思う存分飛ぼう。
と、その時だ。胸ポケットに放り込んでいた携帯が震えた。見ると、ミハエルも携帯を見詰めている。緊急招集だろうか。
「アラートではないみたいですね。というか、隊長からメールって珍しい・・・」
 ルカの声にアルトは曖昧に頷いた。どうやら、オズマは三人に向けて一斉にメールを送信したらしい。メールの内容を確認したミハエルは、やれやれと肩を竦めた。


―授業終了後、速やかにS.M.Sに集合せよ―


「本日のテスト飛行は中止か。ま、隊長命令じゃ仕方ないか」
こんな横暴なメールで中止に追い込まれるなんて、理不尽だ。それでも、上司の命令に従うのは部下の務め。更に言えば、軍人は上官の命令は絶対なのだ。アルトは食い下がる言葉が見当たらず、名残惜しそうに空を見上げた。空が遠い。

 

◆◆◆◆◆◆

 

 S.M.Sに着くと、既にロビーでオズマが遅いとばかりに待っていた。あまりの破格待遇に、アルトたちは顔を見合わせた。大抵はブリーフィングルームで腕を組んで、遅い、と一言ありがたいお言葉を貰うのが常だ。それをお出迎え頂けるなんて、明日は雪だな、とアルトは呟いた。
「急に呼び出して済まなかったな」
「何かあったんですか?」
 ミハエルの問いに、オズマは珍しく口篭る。チラリとアルトとミハエルに視線を投げて、すぐに逸らした。アルトとミハエルは顔を見合わせる。一体何があるのか、と詰め寄ろうとした時、オズマはポリポリと頬を引っ掻きながら、言葉を濁して歩き出した。
「プレジデントオーダーならぬオーナーオーダーが入った。詳細はブリーフィングで話す」
 何とも要領の得ない話に、三人は首を傾げた。だが、隊長はブリーフィングで話すという。ならば、それに従うまでだ。アルトたちは釈然としない物を抱えながら、オズマの後についてブリーフィングルームに向かって歩き始めた。

 ブリーフィングルームに入ると、そこにはマクロスクォーター乗組員全員が揃っていた。艦長さえもアルトたちを待ち侘びていたようで、三人の顔を見るとホッと息を吐く。一体何が始まろうとしているのだろうか。新しい武器でも投入されるのか、それとも新たにバジュラの巣でも見つかったのか。艦長は辺りを見回すと、ゆっくりと立ち上がった。
「全員揃ったようだな。では、先ほど入ったオーナーオーダーについてもう一度説明する」
 どうやら、アルトたちが来る前にも説明が行われていたようだ。
「皆も知っての通り、我らがS.M.Sは常に人員不足に悩まされている。それを解消すべく、会社案内の資料を作成することに決まった」
 それは広報部の仕事だろう?とアルトは思った。何故アルトたち前線部隊に、そんな事務的な話をするのだろうか。そんなアルトの疑問に答えるべく、ワイルダーは全員を見据える。
「今回作成するPRビデオはこのクォーター内部も収録し、より我々の仕事を具体的に伝えることでよりたくさんの人材を獲得しようとする物である」
 ますます広報部の仕事だろう、とアルトは肩を竦めた。こんな話を聞く為だけに、テスト飛行が中止になったのかと思うと、理不尽さに腹が立つ。
「しかしながら、この艦内及び関連施設への入館はセキュリティが厳しい為、同じS.M.S職員と言え、おいそれと簡単に入館許可が出る物でもない。故に、内部施設の撮影は、我々で実施する」
 アルトは思わずミハエルを見た。アルトよりも入隊歴の長いミハエルでさえ、口をあんぐりと開けている。つまり、これはそれだけ異常な命令なのだ。逆に言えば、それだけ人員の確保が至上命題である、ということ。アルトは拳を握り締めた。
「では、全員準備に取り掛かってくれ!」
「アイ、サー」
 艦長の命令に、全員が敬礼で応える。準備って?と頭の中は疑問符で埋め尽くされたまま、アルトは周りに釣られて敬礼した。その次の瞬間である。ガッシリと両腕を掴まれる。
「うわぁぁ」
 ブリーフィングルームにミハエルの悲鳴が響いた。見ると、男性隊員数名によってテーブルに押さえ付けられている。その姿は、警察に拘束される容疑者に似ていた。
「他人の心配をしている場合ではないぞ、早乙女アルト!」
 ビシリ、とクラン・クランがアルトに人差し指を突きつけた。クランの言うとおり、確かにミハエルを心配している場合ではない。テーブルに押し付けられてはいないが、自由を奪われているのはアルトも一緒。だが、アルトを拘束しているのはピクシー部隊の面々である。マイクローン化している上、男であるアルトに振り払えない相手ではない。だが悲しいことに、アルトにその度胸はなかった。下手に逆らって怪我でもさせたら、百倍の報復が待っているだろう。女性に逆らうな。最近、アルトが覚えた言葉である。
一体何が始まるのか全く予想もできず、ただ大人しくしているしかないアルトの元に、コツコツとヒールを鳴らしてキャシーが歩み寄る。そして、優しい笑みを浮かべた。
「じゃぁ、私達は場所を変えましょうか?アルト准尉」
 キャシーの微笑みはまるで女神のようなのに、なぜかアルトの背中を伝う汗はゾッとする程冷たかった。