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狙撃主×姫 SS_2下 |
高級住宅地の更に高台の一等地に、そのマンションはあった。 メゾン・ド・フロンティア。 その家賃の高さもさることながら、何者をも寄せ付けぬ強固なセキュリティシステムと、住人一人に対して一人のシークレットサービスが付くという希有なサービスで、セレブご用達として有名なマンション。 そして、メゾン・ド・フロンティアの住人たちの長い長い一日が、今始まろうとしていた。
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大きな衝撃もなくスムーズに着陸した機体に、アルトは口の中で唸った。 「・・・・上手いな・・・・」 今まで考えたこともなかったが、自らも戦闘機に乗るようになって、飛行機の操縦技術が身近になったせいだろうか。この機長の技術の高さに、アルトは舌を巻いた。なるほど、王室専用機の操縦を任されるだけはある。 「何かおっしゃいましたか?」 相変わらずアルトの隣のシートに陣取った、ミネリア国の摂政であるシャルラト・リュシャラ・ミネリアがアルトの声に振り返った。いや、とアルトが首を振ると、シャルラトは小さく頷く。 「そう言えば、大変良くお休みでしたけど、昨夜はさすがにお疲れになりましたか?」 狙撃されたことを言っているのか、とアルトは首を傾げた。それともパーティーか。生憎、とアルトは心の中で呟いた。あの程度の規模のパーティーなら、早乙女の後援会の催し物で慣れている。否、スポンサー様に最大限気を使わねばならなかったことを考えれば、壁の花となった今回の方が随分と気楽だった。狙撃にしても、新米とは言え、アルトも民間軍事会社の従業員なのだ。驚きはあっても、疲労を覚える程の衝撃はない。そう、とアルトは流れる窓の外へと視線を投げた。この体に幾重にも巻き付く鎖のような甘い倦怠感は、偏にミハエルの無茶による物だ。明け方近くまで貪るように抱かれて、疲労と睡魔に襲われるのは当然のこと。むしろ、とアルトは見えなくなった青い機体に思いを馳せる。自分は移動時間を睡眠に当てることができたが、ミハエルは自ら操縦桿を握らねばならなかったのだ。大丈夫か、と心配する自分をよそに、ミハエルは周囲への警戒を怠ることなく、問題なくミネリアまでの行路を飛びきって見せた。正直、その体力には脱帽せざるを得ない。 「・・・・・セルト様?」 ぼんやりと外を眺めるアルトに、シャルラトの控えめな声が掛かる。背中に流した髪を翻すように振り返れば、シャルラトはアルトからの答えを待つように、じっと視線を向けている。アルトは少しばかり困惑しながら、曖昧に頷いて見せた。 「王宮にはすぐお戻りになれますので、もう少々ご辛抱を」 摂政と言うより執事だな、と思いながら、アルトはふとシャルラトの視線が気になった。昨日のパーティーでも、突然腰に手を回してきたり、一体何を考えているのか。一カ月という限られた時間ではあるが、アルトが見た限り、二人がそう言った関係であるようには見えなかった。どちらかと言えば、セルトはまるで思春期の少女のように、シャルラトの干渉を嫌がっていたように気がした。だがシャルラトの態度を見ていると、自分の見立てに自信が持てなくなってしまう。そう、セルトのそっけない態度は、恥ずかしさの裏返しという可能性もあるのだ。ならば、とアルトは溜め息をつきながら、改めて窓の外に目を向ける。自分は、一体どんな反応を返すべきなのか。はぁ、と溜め息で窓を曇らせて、アルトは駐機場へと向かう景色を眺めた。 風が吹いているのだろうか、木々がゆっくりと揺れている。木々の揺れを見る限り、決して風は強くなさそうなのだが、砂が巻き上がっている。空気が乾燥しているのかもしれない。そして、強い日差し。見慣れない風景に、アルトは胸元をギュッと握り締めた。異国に来たのだ、と改めて理解する。もうここには、馴染みのある顔はミハエルしかいない。そう思って、アルトはふと笑った。何を感傷に浸っているのか。アルトの役目は、もう終わったのだ。きっとこの後、王宮に入ると見せかけて、そのままミネリア国から出国する段取りになっている筈である。 「セルト様、参りましょうか?」 機体が完全に停止し、シートベルトの着用を促すランプが消えた。アルトは差し出されたシャルラトの手を取って、立ち上がった。 重たい音を立てて、フライトアテンダントの手によって飛行機の扉が押し開かれる。吹き込んできた乾いた風が、アルトの長い髪を舞い上げた。ストールを飛ばされないようにしっかりと押さえて、アルトは一度目を閉じた。瞼に浮かびあがるセルトの歩き方を確認し、小さく頷いた。さぁ、これが最後だ。そして、欺くのはセルトを王女として頂くミネリア国民。決して見破られてはいけない。王室が国民を騙すなど、あってはならないのだ。戻ってきたセルトが、国民からの信用を得られないような禍根を残すことは許されない。アルトは息を吐き出し、呼吸を整えると、目を開けた。 「・・・・・すごい・・・・」 シャルラトは、思わず声を漏らした。アルトが纏う空気が、ただの一度の深呼吸で、明らかに変わったのだ。それは、シャルラトが良く知るセルトと寸分違わない。ふは、とシャルラトは零れる笑いを止めることができなかった。確かに、お揃いを着たアルトとセルトを見て、国民にその違いは分らない、と評したことがあるが、これはそれ以上だ。昨夜のパーティーでも、その凄さを実感したが、それでもそれはセルトを良く知らぬ他の国民相手だからこそ、誤魔化しが利いたと思っていた。でも、こうしてすぐ傍で、雰囲気すらまったくの別人になる瞬間を目の当たりすれば、アルトがどれ程の妙技の持ち主か嫌でも分かる。シャルラトは、アルトに手を差し出しながら、そっと囁いた。 「どこから見ても、セルト様にしか見えませんよ」 笑みを浮かべたシャルラトに、アルトは顔を上げた。どこか不安そうなアルトの瞳に、シャルラトは頷いて見せた。セルトの一番身近な人間から、お墨付きを得られた。これなら、きっと彼女の帰国を待つ国民や報道陣に、正体が露見することはないだろう。アルトは花の綻ぶようなセルトの笑顔を思い出して、頬を緩めた。 「では、参りますよ」 シャルラトの声に頷いて、アルトは一歩踏み出した。風に靡く髪を指で押さえて、アルトはセルトが見せたかったという彼女の国を見た。乾いた風を吸い込んで、ゆっくりと視線を巡らせる。どこまでも青く澄んだ空に、砂漠を思わせる広大な土地と緑が見える。そこに見えるヨーロッパ風の建築物。その絶妙なコントラストに、アルトは小さく唸った。一見アンバランスに見える景色だが、不思議な魅力がある。なるほど、セルトが勧める筈である。アルトは頬を緩ませて、タラップへと足を踏み出した。そして、アルトは笑顔のまま、表情を凍りつかせた。 視界に飛び込んできたのは、横付けにされたリムジンと報道陣。そして、セルトを出迎える各大臣や議員。彼らをガードするように立ち並ぶ、ミネリア国の軍人。その隣に立つミハエルの姿に、アルトは僅かに表情を取り戻した。パイロットスーツから大急ぎでシークレットサービスのお仕着せに着替えるのは大変だったろうな、と暢気な考えに逃避したくなる気持ちを抑えて、アルトはシャルラトに振り返った。展望デッキにはもちろん、空港を取り巻くように詰め掛けた国民たち。否、アルトを驚かせたのはそれではない。彼らが手に持つパネルや横断幕だ。『セルト姫、お帰りなさい』なら、アルトも驚かなかっただろう。だが、書かれているのは『 NO 』ばかり。一部『 YES 』と書かれている物もあるが、その大半は否定の言葉だ。まさか、とアルトは拳を握り締めた。彼らは、ミネリア国の国民の大半は、セルトを王女として戴くことを反対していると言うことなのか。あれ程、ミネリア国の将来を考えているセルトを、拒否すると言うのか。 「・・・・・そんな・・・・・」 膝から崩れてしまいそうになるアルトに、シャルラトは慌てて手を伸ばした。そして、不安に揺れるアルトの瞳に、渋面を浮かべて呟いた。 「彼らは、即位を反対しているわけではありません」 ご安心を、とシャルラトは耳元で囁くが、アルトは小さく首を振った。では、一体彼らは何に『 NO 』を突きつけているのか。答えを求めるように視線を彷徨わせると、アルトと同様に困惑の表情を浮かべているミハエルの姿が見えた。 「申し上げましたよね?前王のお考えに反対する勢力もある、と」 確かに聞いたが、王の決定は国民にとって最良だったのではなかっただろうか。そうでなければ、王室への支持がうなぎ上り、などという結果にはならない筈。そう、目の前の状況だけを見れば、王の選択は誤りだったと言わざるを得ない。 「では、参りましょう」 動揺しているアルトを促すように、シャルラトはアルトの腰に手を回して歩き出した。 |