狙撃主×姫 SS_2上

 

 

  高級住宅地の更に高台の一等地に、そのマンションはあった。

 メゾン・ド・フロンティア。

 その家賃の高さもさることながら、何者をも寄せ付けぬ強固なセキュリティシステムと、住人一人に対して一人のシークレットサービスが付くという希有なサービスで、セレブご用達として有名なマンション。

 そして、今日。メゾン・ド・フロンティアの新米シークレットサービスである早乙女アルトは、本格的にその任務に就こうとしていた。

 

◆◆ ◆◆ ◆◆ ◆◆

 

 シュン、とブリーフィングルームの扉が開くと同時に、部屋に雪崩れ込む。

「遅い!」

「すみませんっ」

 一喝するオズマに、アルトとミハエルは同時に頭を下げた。洗濯物を抱えて一度部屋に戻ったら、案外時間を食ってしまったのだ。

「さっさと席に着け」

「イエス、サー」

 オズマの指示に従い、二人は空いている席に腰を下ろした。その状況に、ミハエルは首を傾げた。確か、今日はメゾン・ド・フロンティアに新しい入居者が来るので、その説明を受けるのではなかったのか。そう、とミハエルは辺りを見回した。通常であれば、入居者のシークレットサービスになる人間だけが、呼び出される筈である。アルトと自分が呼ばれるのは分かる。ミハエルは、アルトのOJTを任されているのだ。だが、この人数は明らかに普段とは違う。それに、とミハエルは一番前の席を陣取っている人物の後ろ姿に唸った。あのヘアスタイルは、どう見てもルカの警護を担当しているボビー・マルゴーだ。

「・・・・一体・・・・・」

 何が始まるのか、とミハエルが腕を組むと同時に、部屋の明かりが落とされる。そして、同時に前面のモニターに、一人の人物が映し出される。

「・・・・・っ・・・・なっ・・・・」

 ミハエルは、思わず声を上げた。自分は、夢でも見ているのだろうか。ミハエルは、驚愕の表情を浮かべたまま、食い入るようにモニターを睨み付けた。そう、それさえも数ヶ月前の自分の行動をなぞっているようで、ミハエルは軽く頭を振った。

「どうしたミシェル?」

 こそ、と小さく響いたアルトの声に、ミハエルは息を吐き出した。大丈夫こちらが現実だ。氷のように冷えた指先に、体温が戻り始めている。ミハエルは眼鏡の蔓を押し上げると、アルトの袖を引っ張った。

「え?姫は何も思わないのか?」

 まるで鏡を見ているようだ、とは思わないのだろうか。だって、とミハエルはモニターと隣に座るアルトの顔を、交互に見比べた。白磁を思わせる白く滑らかな頬、凛と美しく切り揃えられた黒髪。深窓の令嬢を思わせる佇まい。まさに鏡写しだ。

「姫じゃ・・・・」

「説明を始めるぞ」

 いつものアルトの文句は、オズマの雷のような声に掻き消されてしまう。だが、改めて口にする前に、オズマが資料を読み上げる。

「入居者の名前は、セルト・イスハ・ミネリア。十七歳、女性」

 ミハエルは、後ろにひっくり返るかと思った。姿だけではなく、名前まで似ている。そう、二人の違いと言えば、その瞳の色くらいだ。アルトが意思を秘めた琥珀なら、セルトは憂いを帯びたサファイヤと言った所だろうか。

「ミネリアって・・・・ちょっと待って・・・まさか・・・・」

 驚きの声を上げるボビーに、アルトは首を傾げた。まるでボビーの声に呼応するかのように、ブリーフィングルームがざわめきに包まれる。ふと見れば、ミハエルも驚愕の表情を浮かべている。アルトは、眉根を寄せた。一体、何だというのか。

「あぁ、そのまさかだ」

 オズマは鷹揚に頷くと、そのまま説明を続ける。

「ボビーの指摘の通り、保護対象者はミネリア王国の姫君だ。来月の十八歳の誕生日に、正式に女王に即位することが決まっている」

 女王と言えば、国家元首だ。そんなお姫様が、異国の高級マンションに入居するとは、何事だろうか。亡命?まさかね、とミハエルは口の中で呟いた。

「セルト姫は、一カ月の短期留学を目的として来訪なさる。留学先は、美星学園高等部航宙科だ。よって、今回彼女のシークレットサービスには、早乙女アルト。お前だ」

 何だって?と落る叫びを両手で押さえて、アルトは立ち上がった。オズマは、アルトを見据えると頷いた。そう、オズマに分からない筈がない。まだまだヒヨッコと呼ぶことさえおこがましいアルトが、たった一カ月間とは言え、一国のお姫様のシークレットサービスに就くという緊張。無謀とも言える人選に、恐怖を覚えるのは当然だ。だから、とニヤリと唇を歪める。ザワザワと落ち着きのない空気を一括するように、言い放つ。

「相手は次期女王様だ。その身に何かあれば、一発で国際問題だ。だから、今回はシークレットサービスとしては異例のチーム態勢を取りたいと思う」

 SMSも企業である。新人も育てねばならないが、だからと言ってクオリティーを下げるようなことはしない。

「まず、ミシェル。お前はアルトのOJTと共に全面的なサポートを頼む」

「イエスッ・サー」

 大丈夫、と微笑むミハエルに、アルトもぎこちなく笑みを返す。ミハエルが側に付いていてくれると分かって、思わずホっと息が漏れる。

「ボビーは、ルカの警護もあると思うが、二人をフォローしてやってくれ」

「アイアイ・サー」

 ボビーがおどけたように敬礼をしてみせると、オズマは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。仲の良い友人同士だと聞くが、ボビーが一番前を陣取る辺り、色々あるのだろう。

「今回は、メゾン・ド・フロンティア館内だけではなく、周囲の警戒レベルも上げる予定だ。ここに召集した全員の技術を持って、無事にお姫様を国に帰すことができるよう力を貸してくれ」

 具体的には、監視カメラの増設と映像の確認作業だろうか。もしかしたら、非合法の手段をとることもあるだろう。時には、張り込みもあり得るかもしれない。そう、王位継承者を受け入れ無事に帰すというミッションをクリアするには、SMSシークレットサービスの持てる全ての人員と技術を投入する必要があるのだ。

「このミッションは、それぞれが綿密にコミュニケーションを取り合い、網を張るようにお姫様をガードすることによって成功するだろう。アルト!状況の報告と情報の収集を怠るなっ!」

「イエッサー!」

再び、アルトの体を震えが襲う。シークレットサービスとして、まだ右も左も分からない素人が、この兵たちを統率するのか。そんな、とアルトはうろたえた。果たして、本当に大丈夫なのか。いや、大丈夫だという気がしない。

「以上、解散っ!」

 オズマの声と共に、集まった職員たちが席を立つ。大丈夫だろうか、とアルトを訝る者。協力は惜しまない、と声を掛けて行く者。その全てが、アルトの背中に圧し掛かり、今にも押し潰されてしまいそうだ。

「いやだ、アルトちゃん。そんな青い顔しなくても大丈夫よ。たった一ヶ月じゃない。ミシェルちゃんも、アタシもいるのよ?気楽に行きましょ」

 ボビーが、バンバンとアルトの背中から見えない錘を払うように、バンバンと叩く。バチン、とウィンクを飛ばしたかと思うと、悪巧みでも思いついたのかニヤリと唇を歪めた。

「そう言えば、アルトちゃんとセルト姫。双子ちゃんなんじゃないかって思うくらい、そっくりだったわよね」

「え・・・・・そう・・・・ですか?」

  自覚のないアルトと違って、ミハエルは無言で頷いた。二人が似ている、と感じたのは、どうやら自分一人ではなかったらしい。