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Moonlight elfin
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指定されたグリフィスパークの丘にやってきたアルトは、夕暮れを背にアイランド1の街並みを見下ろした。目を凝らせば、バジュラの襲撃の爪痕を見ることができるのだろうが、一見すれば、非常事態宣言下の街並みとは思えない程、穏やかな景色が広がっている。 さぁ、と流れる風が長い髪を舞い上げる。そして、その風に乗って透き通った歌声が、アルトの耳に届いた。 「歌?」 聞いたことのない旋律。それでも、なぜか胸が締め付けられるような懐かしさと、美しい歌声に聞き入ってしまう。その声を追うように、アルトは歩き出した。 そして、歌声の主は思いの外すぐ傍にいた。展望スペースの背後に建てられた塔の裏で、翡翠色の髪の少女が、伸びやかな歌声を響かせていたのだ。 「綺麗な歌声だな」 突然現れたアルトに、少女は悲鳴を上げて飛びのいた。口元を押さえ、ブルブルと首を振る。どうやら、芸能禁止に反して歌っていたことを咎められる、と思っているらしい。アルトは、誤解だ、とばかりに両手をバタバタと振った。 「違う!本当に、綺麗な歌声でもっと聞きたいと思って・・・・」 カツン、と響くヒールの音に、アルトと少女は振り返った。そこには、 「シェリルさん!」 シェリル・ノーム、とアルトは呻いた。ばさり、とストロベリーブロンドを掻き上げ、銀河の妖精はアルトたちに歩み寄る。ハァイ、とイメージ通り快活に声を掛け、手を振って見せる。 「名乗るまでもないんだろうけど・・・シェリル・ノームよ」 翡翠色の髪は、ランカと名乗った少女の感情を表すように、ヒョコヒョコと弾む。 「オレは、早乙女アルト」 シェリルは豊かな胸の下で腕を組むと、眉根を寄せた。もしや、とアルトは苦い表情を浮かべた。彼女は、自分を知っていると言うのか。 「シェリルさん・・・お知り合いなんですか?」 う〜ん、と必死に記憶を漁るシェリルに、ランカは改めてアルトに向き直った。観察するような視線に耐え切れず、アルトは視線を反らす。 「・・・・男の人・・・なんだよね?」 天使の輪が見える漆黒の髪は、ランカよりも長いのに毛先まで美しい。それに、とランカは改めてアルトと名乗る少年を見詰める。美しく切り揃えられた横髪が縁取る白皙は、一流の職人が丹精込めて作り上げた人形のように、見事なまでに整っている。その立ち姿すら、まるで名画のよう。 「綺麗・・・・」 溜息しか出ない、とランカは呟くと、シェリルが声を上げた。 「思い出した!早乙女有人!銀河歌舞伎の早乙女有人よね?」 あぁまぁ、とアルトは曖昧に頷いた。さすがシェリル・ノームと言うべきか。彼女クラスのアーティストになれば、銀河中の文化芸能に精通しているらしい。 「しかも、ただの歌舞伎役者じゃないわよ。既に伝説と謳われる女形なの」 その容姿だけでなく、所作すらも女性よりも女らしく。その流し目の麗しさに、果たして何人の人間が魂を抜かれただろう。 「それで、何でアンタがここにいるの?」 敵意にも似た感情を向けるシェリルに、アルトは気押されまいと眦を吊り上げた。どうしよう、とランカはオロオロと、シェリルとアルトを交合に見ることしかできない。その時、 「あぁ良かった。皆さんお揃いで・・・・」 現れた人物の名を呼んだのは、意外なことにランカだった。 「知り合いか?」 疑問を口にするアルトに、ランカは頷いた。 「お兄ちゃんの部下なの」 ルカはLAIの開発主任だ。その上司ともなれば、果たしてどれ程の重役だろう。そんなアルトの疑問を払拭するように、ルカは笑う。 「僕のアルバイト先の上司なんです」 LAI以外にも、ルカは働いていると言うのか。 「SMSという、民間軍事プロバイダです」 ルカの言葉に、アルトは堪らずのけ反った。果たしてこの少年は、幾つの顔を持っていると言うのか。 「それで、その民家軍事プロバイダのアルバイト君が、私に何をさせたいのかしら?」 トントン、と組んだ腕に指先を打ち付けるシェリルに、アルトは弾けるように振り返った。彼女も、ルカに声を掛けられたのか。ジ、と見詰めるアルトに、シェリルは眦を吊り上げる。 「何よ?言いたいことがあるなら、ハッキリ言いなさいよ」 「そうよ。突然、芸能活動の一切を禁じるなんて・・・。私はフロンティア船団の人間じゃないのよ。冗談じゃないわ!」 突如レコーディングスタジオに現れた軍人の命令に、シェリルは大いに反発した。その結果、とシェリルは唇を噛んだ。 「グレイスが・・・マネージャーが軍に連れて行かれたの・・・・」 何だそれ、とアルトは呟いた。シェリルの言う通り、彼女はギャラクシー船団の人間だ。命令に従わないのであれば、フロンティア船団から退去するように命じるべきである。マネージャーが捕らわれたら、シェリルはフロンティア船団に残るしかない。 「どこで知ったか知らないけど、私のプライベートアドレスに、ここに来るようにメールが来たの」 ランカは、小さな事務所で超時空シンデレラのキャッチコピーを引っ提げ、駆け出しアイドルをやっていたらしい。社長がマネージャーを兼ねるような規模ゆえ、社長が連行され、たちまち立ち行かなくなったのだ。そこに、まるで救世主のようにルカからメールが来た、と語る。 「・・・なるほど・・・」 アルトは、小さく呟いた。あのシェリル・ノームのプライベートアドレスを調べ上げた、ということは、並の情報収集力ではない。美星学園航宙科で飛び級をし、この若さでLAIの開発主任として大人に混じって仕事をこなすと言う。つまり、ルカには相応の力があるのだ。なるほど、乗ってみるのも、悪くないかもしれない。ただ一つ、確認しておくべきことがある。 「オレたちに手を貸そうとする理由は何だ?」 ルカの言葉に、アルトは大きく頷いた。ただの善意と言われるより、随分と気持ちが良い。 「LAIの利益?」 眉を顰めるシェリルに、ルカは肩を竦めて自嘲する。 「バジュラと人類の小競り合いは、大分前から続いていました。そこで、政府は秘密裏にLAIに対して、バジュラを退け殲滅する兵器の開発をするように命じたんです」 確か政府は、特定の企業にだけ便宜を図ることは、許されていなかった筈だ。そう指摘するアルトに、ルカは曖昧に笑う。 「バジュラの存在は最高機密事項で、無闇に開発競争を促せる状態じゃなかったんです」 なるほど、とアルトは頷いた。一般人に開示される情報は、本当にごく僅かなのだ。 「ところが、大統領と副大統領が亡くなり、レオン・三島が大統領代理となったと同時に、一方的に開発中止にされたんです」 利益どころか、開発費すら回収できない。フロンティア船団存続の為なら、と多少の無理もしてきたが、それが仇となり今年度の決算を待つまでもなく、LAIは創業初となる赤字を叩き出すことになったのだ。いや、とルカは悔しそうに首を振る。 「あの武器が使われれば、失われずに済む命もあったんです」 ギリリ、と拳を握るルカに、アルトは掛けるべき言葉が見つからなかった。 「・・・実は、フロンティア政府にお金がなくて、開発を中止せざるを得なかったってことはないの?」 シェリルの冷静な指摘に、ルカは力なく首を振る。 「三島は別の企業に、概念の違う武器の開発を発注しています」 概念が違う?とアルトは首を傾げたが、疑問を口にすることは止めた。尋ねればルカは答えてくれるだろうが、到底話を理解できるとは思えない。歌姫たちも、きっとおいてけぼりになるに違いない。 「お金には問題がない、と・・・・」 企業努力で負けたのでは、と指摘したい所だが、政府はLAIにしかバジュラの情報を流していないのだ。価格競争や、新技術の売り込みは不可能だ。あるとしたら、とシェリルは肩を竦める。キックバック等の直接的な金銭の授受だ。明るみに出たら、三島は間違いなく失脚するだろう。 「えぇ、ですから我が社の何に問題があったのか、きちんと知っておきたいんです」 今後の開発に役立てる為にも、問題にはきちんと向かい合い、常に改善を図り続ける必要がある。そう、大企業の根幹を担う若き開発主任は、強く拳を握り締めた。そんなルカに、ランカは苦しそうに胸を手で押さえ、悲壮な表情を向けた。 「お姉さんの安否って?」 ルカがアルトたちを助ける理由として、会社の利益と一緒に挙げたもう一つ。ルカは、唇を噛んだ。ふと覗かせる年相応の反応に、アルトは眉根を寄せた。どれ程大人びて見せようと、やはりルカも自分たちと変わらない子供なのだ。 「・・・実は、僕の姉はレオン・三島と婚約しているんですが、彼が大統領代理になって以来、連絡がつかないんです・・・・」 情報の大きさに、シェリルは驚きの声を上げ、アルトは目を丸くした。想像以上に、政府とLAIはズブズブだったらしい。 「僕はもちろん、父が連絡しても、メイドらしき人に、姉は応対できない、と言われるばかりで・・・」 監禁されているのか、はたまた想像したくもない最悪の事態に陥っているのか。 「今、新統合軍を動かしているのは三島です。彼を叩けば、間違いなく僕らの現状は打破され、事態は好転するんです。ですから・・・・」 協力して欲しい、とルカは頭を下げる。 「ぜひお手伝いさせて、ルカ君」 ランカは、慈悲深い微笑みを浮かべて、ルカの手を取った。 「大切な人と連絡が取れない不安、私もよく分かる。私がお手伝いすれば、ルカ君のお姉さんもエルモ社長も戻って来るんだよね?」 頷くルカに、ランカは大きく頷いた。 「ルカ君、一緒に頑張ろう!」 あの日、エルモに見出されなかったら、ランカは歌の道を諦めねばならない所だったのだ。恩人を助けることに、何の躊躇いがあるだろう。ぴょこん、と彼女の決意を示すように、翡翠色の髪が弾む。そんなランカの姿に、シェリルは大きく息を吐き出した。 「私もやるわ。グレイスは育ての母だしね」 彼女が自分を見つけてくれなければ、間違いなくのたれ死んでいたのだ。多少の無茶は、当然だ。 「シェリルさん!ランカさん!ありがとうございます!」 感涙に噎ぶルカに、シェリルはアルトに振り返った。 「で、アンタはどうすンの?」 彼女たちのように、恩義を感じたことなど一度たりともない。それでも、きっと銀河歌舞伎という文化の為には、必要不可欠な人物には違いないのだ。それに、なし崩しのまま舞台を辞めるのも、何となく引っ掛かりを覚えるのも事実。だから、とアルトは肩を竦める。 「しょうがねぇなぁ・・・それで、オレらに何させようって言うんだよ・・・・」 |