イタイノガスキ

 

 

 ジリジリと肌を焼く日差しと、汗の滲む体に纏わりつくような熱気に、アルトは遂に堪らず声を漏らした。


「・・・・・暑い・・・・」


 バジュラから譲り受けた新たな星で迎える、初めての夏。人が造りし箱庭で、人の手で全てを管理されたフロンティア船団で生まれ育ったアルトたちにとって、この遠慮なく降り注ぐ日差しは、最早焼けた刃に等しい。


「暑い・・・」


 形の良い顎から伝う汗を手の甲で拭って、再びアルトは呪詛の如き呻きを落とした。


「アルト・・・アンタ次また暑いって言ったら、全員分のアイス奢らせるわよ」


 シェリルは、ジトリとアルトを睨みつけた。そう、暑いのはアルトだけではない。銀河の妖精と持て囃され、全銀河にファンを持つシェリルでさえ、その白い額に汗を滲ませ、豪奢なストロベリーブロンドが首筋に絡みついている。


「・・・アイスくらいなら・・・」


 財布の中身を思い浮かべるアルトに、シェリルはニヤリと唇を歪めた。


「前から気になってる高級アイスがあるのよ」


 ねぇランカちゃん、とシェリルは隣を歩くランカに笑い掛ける。


「え?・・・あっ・・・」


 突然話題を振られたランカは、翡翠色の髪を驚きにピョコンと揺らした。そして、シェリルの顔を見て、あぁ、と手を叩く。


「思い出しました。あの高いヤツですよね?」


 カップアイスなのだが、その法外とも言える値段に、目眩を覚えたことを思い出した。それでも、とランカはシェリルと一緒に見た雑誌の記事を思い出す。厳選した素材を使用し、何でも効率ばかりを求める昨今に逆行するように、一つ一つ丁寧に人の手によって作られるアイス。その拘りを思えば、あの価格は当然と頷けてしまう。


「高いって言っても・・・」


 高価と言えど所詮はアイス、とタカを括るアルトに、ランカは指を立てて値段を示した。


「マジか!」


「・・・これが人数分となれば、かなりの値段になるなぁ・・・」


 ゲっと顔を引き攣らせるアルトに、隣を歩くミハエルは、更に追い打ちを掛けるような言葉を紡ぐ。


「人数分?」


 何てことを、と唇を喘がせるアルトに、ミハエルは中指で眼鏡のブリッジを押し上げた。


「一つ二つじゃ、ペナルティにならないだろう?」


 暑い、という言葉を聞くだけで、更に気温が上昇するような気分になっていたのは、何もシェリルだけではなかったのだ。


「シェリルが注目してるアイスなら、皆食べたいだろ?」


 ナナセと並んで歩くルカに振り返ると、二人は一度顔を見合わせ、そして笑顔を閃かせながら頷いた。遠慮のない友人たちに、アルトはうっかり禁止ワードを口にしないように、自ら口を掌で覆う。そんなアルトに、彼らは一頻り笑い声を上げると、パンとナナセが手を打った。


「暑い日には、冷たいアイスやかき氷も良いですけど、そんな日にこそ熱い物を食べて、汗をかきませんか?」


 そう、暑いからと言って冷たい物ばかりを取っていては、胃腸や内臓が冷え、あっという間に夏バテになってしまう。だからこそ熱い物を食べ、冷えた胃腸に温もりと栄養を与えて、積極的に汗をかくことにより、冷たい飲み物等で体内で過剰になってしまった水分を発散させることが、体には必要なのだ。


 珍しく熱く語る親友の姿に、ランカは翡翠色の髪を弾ませる。


「ナナちゃん、もしかして?」


 ランカの期待を滲ませた笑顔を受けるように、ナナセは大きく頷いた。


「夏の暑さを吹き飛ばせ!娘娘、夏の恒例火鍋フェア絶賛開催中!」


 拳を青空に向けて突き上げる普段と違うナナセのテンションに、アルトたちはポカンと彼女を見つめ返すしかなかった。そんな友人たちに、ナナセは恥ずかしそうにノロノロと拳を下げる。


「恒例ってことは、フロンティアにあった時から火鍋フェアやってたんですか?」


 慣れない仕草をしたことを恥じ、耳の先まで真っ赤に染まるナナセに僅かに頬を緩めながら、ルカはフォローするように口を開いた。


「・・・えぇ・・・まぁ・・・」


 叶うなら穴を掘って埋まりたい衝動に駆られながら、ナナセは曖昧に頷く。そんな親友の様子に、ランカは助け船を出すように一歩踏み出した。


「毎年八月から九月の終わりくらいまで、細々とね」


 店長としては、かなり大々的にフェアを打っていたつもりだったらしいのだが、暑いとは言え人の手で管理されたフロンティアの夏。うだるような暑さとは程遠く、アイスキャンディーでも舐めていれば耐えられる。そんな中、誰が好き好んで、汗をかくような物を注文するだろうか。


「やはり、こちらの暑さは皆さん辟易されているようで、今年は結構人気なんですよ」


 ナナセは、どうにか恥ずかしさを克服して、ランカの言葉を引き継いだ。そして、改めてアルトたち全員の顔を見回す。


「良かったら、皆さんもどうですか?今日、私シフト入ってるんで」


 サービスしますよ、とはにかむナナセに、逆らえるルカがいるなら見てみたいものである。今日も今日とて、LAIの仕事に追われているのに、誰よりも早く手を挙げた。


「良いですね!ミシェル先輩、アルト先輩」


 行きましょう、とルカは先輩二人の腕を絡めるように取ると、そのままグイグイと歩き出す。まるで、二人を引きずって歩くようだ。そんな恋する後輩の姿に、アルトとミハエルは顔を見合わせて笑った。可愛い後輩の恋を応援するのは、先輩として当然である。


「今日はシフトも入ってないし、行ってみるか」


 ミハエルの言葉に、アルトも頷く。


「久々に杏仁豆腐が食いたいなぁ」


 あのぷるぷるで滑らかな舌触りと、さっぱりとした後味を思い出して、アルトは思わず喉を鳴らした。


「火鍋ねぇ・・・なんか、面白そう!」


 興味津津にシェリルは手を叩く。そんなシェリルの反応に、ランカは嬉しそうに目を細めると、そうだ!と声を上げてナナセの手を取った。


「久々に私もシフトに入ろうかな」
「いえ、ランカさんはお客様としてゆっくりして下さい」


 遠慮するように、ナナセはブンブンと首を振る。それに、とアルトはぼんやり思った。果たして、既に超時空シンデレラとして活躍して久しいランカの籍が、娘娘に残っているだろうか。いや残っていたとしても、あの店長だって丁重に断るだろう。


「え〜!久々にナナちゃんとお仕事したいなぁ」


 ねだるようなランカに、ナナセは大きく首を振った。


「ダメです!ランカさんにはゆっくりして頂きます」


 そしてウンとサービスを受けて貰うのだ、とナナセはランカに言い聞かせるように腰に手を当て、顔を近づける。そんな微笑ましい遣り取りを見ながら、アルトたちは娘娘へと向かうのだった。