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チャイムが鳴り響く。
「そこまで!」
教師の声に、生徒たちは溜息と共に手にしていたペンを放り投げた。
「終わったぁぁ!」
それは、定期試験から解放を喜ぶ声か、それともテストの出来を嘆く悔恨か。アルトも大きく息を吐き出しながら、回答用紙を前の席に手渡した。
「姫、どうだった?」
隣の席から、ミハエルが肩を叩く。
「姫って呼ぶな」
いつも通りのセリフを口にしつつ、アルトは胸を張った。そして、ニヤリと口の端を吊り上げる。
「今回こそは貰ったからな」
遂に万年次席とはおさらばだ、とアルトの口は軽い。手ごたえ充分とばかりに、満面の笑みを閃かせている。その眩しさに目を細めつつ、ミハエルもニヤリと唇を歪める
。
「期待してるよ。万年次席姫」
「っ・・・何だと!」
聞き捨てならないミハエルの言葉に、アルトはカっと立ち上がった。そのまま、顔色一つ変えないミハエルの胸倉を掴もうと、アルトは腕を伸ばした。だが、アルトの手が届くより早く、二人の間に割って入る人物があった。
「アルト先輩、ミシェル先輩、ランチに行きませんか?」
エンジェルスマイルを浮かべたルカの姿に、アルトは腕を下ろした。誰よりも濃いクマを作ってはいるが、実際ルカは試験勉強など一分だってしていないに違いない。そうクマの原因は、家業であるLAIの開発主任としての膨大な仕事量だ。天才少年の呼び名を欲しいままにしているルカにとって、高校物理など目を閉じていても解けるに違いない。それでも、ルカは授業をサボることはもちろん、授業中に居眠りすらしないのだ。その真面目な態度には、頭が下がる思いだ。
「ランチねぇ・・・・」
ルカの誘いを口にしつつ、ふと向けられた視線が気になり顔を上げると、そこには案の定手を振るランカと鷹揚に頷くシェリル。そして、ナナセの姿があった。なるほど、いつものメンバーである。
「テスト最終日は、来れたんだな」
良かったな、とミハエルが声を掛けると、シェリルとランカは苦く笑いながら可を見合わせた。何しろシェリルとランカは、今をときめく銀河の二大歌姫なのだ。バジュラたちから譲り渡されたこの星で、人々は新たな生活を送る為、皆必死だった。同時に、あの苛烈な戦闘で心身ともに傷付き、未だ立ち上がることも出来ない人もいる。そんなフロンティア市民たちを励まし、勇気づけようとシェリルとランカは芸能活動の合間を縫って、積極的にチャリティーイベントを開催していた。そんな秒刻みの毎日を送っている二人が、無遅刻無欠席で学校に通い、定期テストに問題なく臨める筈もない。テスト初日から昨日まで、二人は学校に来ることさえなかったのだ。僅かでもテストを受けられたのは、幸いだ。
「受験出来なかった教科と出席日数が足りない分は、追試とレポート提出で単位を貰えるように交渉済みだけどね」
それでも、忙しさにかけては銀河随一のシェリルとランカが、自力で複数のレポートを片付けられるだろうか。ミハエルは、間違いなく助っ人として呼び付けられるだろうアルトを盗み見て、小さく肩を竦めた。せっかく恋人と四六時中イチャつける長期休暇だと言うのに、それを邪魔される無粋を甘んじて受けねばならないのだ。五回に一回くらいは、意地悪をしても許されるのではないだろうか。
「それこそ、ランチになんて言ってるヒマ、あるのかよ?」
ミハエルが、鬱々と詮ない不満を募らせているとはつゆ知らず、アルトは堂々と机に腰掛けるシェリルを見やった。
「今日は夕方までスケジュール空けて貰ったの」
僅かにシェリルの声が震えている。だが、その意味に鈍感なお姫様が気付く訳もなく。ふぅん、とアリアクションの薄いアルトに、うっかりミハエルの方が同情してしまう。そう、自分とアルトが恋人になれたのは、偶然の産物、神様の気まぐれと言われても納得するだろう。あの日、アルトがミハエルの告白を受け入れたのは、奇跡以外の何物でもない。今でも時折、あれは夢だったのでは、と自らの頬を抓るくらいだ。
「アルト君たちは、時間あるかなぁ?」
不安そうに、ランカの翡翠色の髪がピョコと項垂れる。
「一応、オレたちは今日までテスト休みを貰ってるから・・・・」
SMSという民間軍事プロバイダのバルキリー乗りとして働く彼らだが、雇用形態はあくまで学生アルバイター。よっぽどの有事があれば別だが、学生らしく学業に励むよう配慮されるのだ。
「決定!皆でランチを食べたら、その後、夕方までウインドウショッピングに付き合いなさい」
来週からバーゲンセールが始まるのだ。その事前調査に付き合え、と女王様はおっしゃる。
「セール品どころか、店ごと買い占める資産があるくせに・・・・」
ユニバーサルボードの常連であるシェリルの印税は、天文学的な金額になる。それに、とアルトは思い出す。この女王様は、個人でSMSを雇った過去を持つ。店ごと買い上げるなど、朝飯前だ。
「あれ?でもシェリル、弊社への支払って・・・」
滞ってなかったか?とミハエルが言葉にするより早く、シェリルはストロベリーブロンドをバサリと掻き上げた。
「当然じゃない!って言いたいけど、SMSへの支払いも終わってないのよ。私だって節約くらいするわ」
それに、とシェリルは笑う。セールには、普段の買い物と違う高揚があるのだ。
「ランチ、何にしようか?」
久々にナナセと遊べるのが嬉しいのか、ランカは弾けるような笑顔を閃かせる。
「ゆっくり寛げる所が良いわよね」
確かに、とミハエルは頷いた。シェリルとランカという、二大歌姫と食事を共にできるのだ。誰にも邪魔されない、個室等がある店を選択すべきだろう。
「辛いヤツ食うならオレは行かないからな」
何時ぞやの火鍋でも思い出したのか、アルトは僅かに耳の先を赤く染めて、唇を尖らせる。薄く肌を染めた意味に、ミハエルは笑みを噛み潰して、眼鏡のブリッジを押し上げた。
「じゃぁ・・・・ニューオープンの0Gカフェで、コースランチなんてどうかな?」
ミハエルの言葉に、シェリルは携帯電話を取り出した。すかさず検索し、感嘆の声を漏らした。
「0Gカフェも、こっちに移転したんだね」
サイトの写真では、カフェは高層ビル群の真ん中で、オアシスのような佇まいを見せている。コンセプトは、フロンティア船団にあった時と同じ。重力を感じさせない空間を、と地上300メートルで硬質ガラスの床を採用している。
「良いんじゃない?」
個室はないが、テーブル同士の位置に相当な距離がある。これなら、不用意に歌姫たちにチョッカイをかける輩はいないだろう。いざとなれば、ミハエルたちが睨みを利かせれば良い。なまじ整った美形の凄みは、それだけで圧倒的なプレッシャーになる。
「じゃぁ決まりだな」
激辛メニューがないことを確認したアルトが、喜々として手を打つと同時に、担任教師が教室へと入って来た。
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