Mary Christmas with you

 

 

 

 

 

 

 爽やかな晴天。瓦礫の残る街を、ランカは目的もなく歩いていた。街は、かつての賑わいなど嘘のようにガランとしている。無理もない、とランカは肩を竦める。かつてバジュラたちの母星だったコスモ・フロンティアへの入植作業が、活発になってきているのだ。ここアイランド1の修理よりも、コスモ・フロンティアの都市整備に注力されるのは当然のこと。そして、その活気に人は流れて行く。既に、通勤はコスモ・フロンティア、という人も少なくないと聞く。

「・・・・ちょっと淋しい気もするよね」

 感傷的な言葉が、ポロリと落ちる。ランカはフルフルと首を振って、自分の言葉を否定する。ランカたちフロンティア市民の新しい門出なのだ。寂しいなんて、あるわけない。

「・・・・・ダメだなぁ・・・・・・」

 せっかくナナセが調整に調整を重ねて、漸くできたオフなのに。ランカは、パシンと自らの頬を叩いた。独りになると、どうしても暗い考えが首を擡げてくる。もしかしたら、このままアルトが見つからないかもしれない。シェリルは目を覚まさないかもしれない。いやいや、とランカは強く首を振る。先日病院に行った時に、シェリルの意識レベルが向上しているという話を聞いたばかりだと言うのに。それでも、信じる心が不安になる。奇跡など、本当に起きるのだろうか。ランカは空を見上げて、ため息をついた。だから、本当はオフなんて必要なかった、と言えばナナセは何と言うだろう。

 ナナセへ少しばかりの罪悪感を抱きながら、ランカは歩いた。心が重く苦しい時、迷った時。泣きたい時、ランカには行く場所があった。そこは、初めてシェリルと出会った場所。歌手になると、決めた場所。

 長い階段を一気に駆け上がる。誰も居ない、風の流れるグリフィスパーク。街を一望できる場所まで、ゆっくり歩いて呼吸を落ち着ける。傷跡の生々しい街を見下ろして、ランカは思いっきり息を吸い込んだ。もう一度奇跡を信じて、彼女は歌う。傷ついた街を癒すように、祈るように。

アイモ アイモ ネーデル ルーシェ・・・・・

 

◆◆ ◆◆ ◆◆ ◆◆

 

 計器類のチェックを終えた若い看護師が、あら、と小さく声を上げた。

「何かあった?」

 病室の窓を開けるベテラン看護師が振り返る。彼女たちの日々のチェックが、患者の命を握っていると言っても過言ではない。少しでも、機器類に異常があるならば、至急医師の指示を仰がねばならない。厳しい面持ちのベテラン看護師に、若い看護師は小さく首を振る。

「いえ、異常ではないんですけど・・・・・今、患者さんの唇が動いたような気がして・・・・」

 あぁ、とベテラン看護師は微笑んだ。

「意識レベルが回復に向いつつあるようだ、という話よ」

 それじゃぁ、と若い看護師も笑顔を綻ばせる。彼女たちのような医療従事者が、憶測で希望を持つことは不適切なのかもしれない。それでも、彼女たちは祈る。もう一度、彼女の歌が銀河を震わせる日が来ることを。

ガラスの棺に眠る女王の姿に、若い看護師は目を細める。

「何を話しているんでしょうね?」

「いいえ、歌っているのよ・・・・・・だって、彼女はシェリル・ノームなんだから」

 

 

◆◆ ◆◆ ◆◆ ◆◆

 

 あぁ、とミハエルは小さく呻いた。守るべき背中が見つからない。こうしてバルキリーに乗って宇宙に出ると、どうしてもぽっかりと空いた穴が目についてしまう。

「っ・・・・・ダメだ・・・・・」

 ミハエルは強く首を振った。今日は、いつもの哨戒任務とは違う。バジュラという敵がいるのだ。一瞬の油断が、誰かの命を危険に晒してしまう可能性があるのだ。ミハエルは思考を切り替えると、バトロイドに変形しながら手近な石にアンカーを打ち込んだ。

「バジュラの映像、解析終了しました。展開します!」

 ルカは忙しなく指を動かして、ゴーストたちが捕捉したバジュラの映像を、スカル小隊の機体及びクォーターに展開する。次の瞬間、小さく響いた警告音にルカは唇噛んだ。 Unknown で1通戻ってきたのだ。届かない通信。エラーの文字が、空いた穴の大きさを物語る。

「・・・・・一匹だけだと?」

 オズマの呟きに、ルカは我に返った。今は感傷に沈んでいる場合ではない。むしろ、バジュラを生け捕りにしてでも、アルトの行方に関する情報を所持していないか調べるべきなのだ。

「妙だな・・・・・・」

 スピーカー越しのワイルダーの声に、オズマは小さく頷いた。今までのバジュラの攻撃パターンからすれば、編隊を組んでくる筈である。それが、たった一匹。しかも、戦艦クラスの大型タイプではない、言わば普通のタイプだ。

「撃ちますか?」

 一匹だけなら、恐るるに足らず。この距離なら外さない、とミハエルはトリガーに指を添えた。その巨体を回収して、アルトへの手掛かりにしてくれる。小隊長のゴーサインを待つ。

「いや、何か意図があるのかもしれない。少し、様子を見るぞ」

 逸るミハエルを抑えて、オズマはジワジワとバジュラとの距離を詰める。お互いの射程ギリギリの距離を、ゆっくりと旋回する。その時、スピーカーからルカの声が響いた。

「バジュラが何か射出しました!」

 何だって、とオズマはモニターを見た。だが、ミサイル等の火器類にロックされているという記載はない。まさか、とオズマはいつでも回避行動が取れるよう警戒しながら考える。彼らは、火器を必要としない攻撃手段を得た、と言うのか。

「・・・・何だあれ・・・・・」

 ライフルのスコープを覗いていたミハエルは、我が目を疑った。いつでも迎撃ができるように、バジュラが発射したそれを注視していたのだが、その異様さにミハエルは疑問を口にする。

「あれは武器なのか?」

 スコープ越しに見えるそれは、ミサイルのようにミハエルたちに突進してくるわけでもなく、まるで宇宙空間を滑るように漂っているよう。ミハエルの指摘に、ルカはゴーストからの映像解析を急いだ。確かに、武器だとするには不自然な点が多い。ルカの指が、モニター横のキーボードの上を踊る度、その氷の塊のように見える画像が徐々に鮮明になって行く。氷の塊に見えたそれが、細長い水晶の柱状の物であることが明らかになり、ルカは一層激しく指を動かした。そして、その水晶柱の内に影を確認すると、ルカは自分の機体の防御をゴーストたちに任せ、猛然とキーボードを叩いた。画像を拡大し、不鮮明な部分を除去しながら、その影の正体を突き止める。そして、ルカは息を呑んだ。

「あ・・・・・・」

 水晶柱の色は、フォールドクォーツを彷彿とさせる淡い紫色。そして、その中は液体で満たされているのだろうか。ゆっくりとたゆたう黒髪と紅い組紐。そして、白い体。見覚えのある、懐かしい寝顔。それは・・・・・。

「アルト先輩!」

 ルカの声にいち早く反応したのは、ミハエルだった。アンカーを引き抜き、ファイターへと変形を遂げると、疾風のようにオズマの横を通り過ぎる。

「あのバカ!」

 オズマは、慌ててミハエルのバックアップに付いた。バジュラに攻撃の意思があるのか知らぬが、それでも戦場で無防備に背中を見せるアホがどこにいる。

 もちろん、ミハエルにオズマの叱責など聞こえなかった。思うより早く、勝手に体が動いていた。ルカの声と、送られてきたアルトの映像に、考えることすらできなかった。ただ一秒でも早く、確かめたかった。

「・・・・・・アルト」

 闇を流れる、水晶柱を思わせるカプセルを追い掛ける。バジュラの脇を掠める際も何の警戒もしない、まるで熱に浮かされたようなミハエルの飛行に、オズマは雷を落したい衝動を必死に抑え込んだ。説教は後だ、と怒りを飲み込んだ時、バジュラが動いた。

「ミシェルっ!」

 だが、ミハエルは気付かない。ファイターからバトロイドに変形し、カプセルを掬うように大きな手で包み込んだ。指の隙間から見えたアルトの顔に、ミハエルは表情を緩めた。離すまい、とそっと胸元に引き寄せた時、突如周囲が明るく煌いた。その時、ミハエルは漸く戦闘体制にあったことを思い出した。ライフルを取り出そうにも、両手が塞がっている。あぁ、とミハエルは自分の軽率さを呪った。せっかくアルトを取り戻したのに、自分は死んでしまうのだろうか。このまま、助かった筈のアルトと共に。

「っ・・・・何をボケっとしているっ!」

 雷鳴のようなオズマの怒声が響くと同時に、強い衝撃がミハエルの機体を弾き飛ばした。

「バジュラ、フォールドします!」

モニカの緊張を孕んだ声にミハエルが振り返ると、淡く輝く輪の中にバジュラの巨体が吸い込まれるように消えて行く所だった。そこは、ついさっきまで自分が居た場所だった。そう、オズマに突き飛ばされなければ、バジュラと共に座標も分からぬ場所に飛ばされていただろう。

「済みません、隊長・・・・・・・」

 項垂れるミハエルに、オズマは一瞥をくれるとため息を吐き出した。

「スカル3は、クォーターに連絡して救護班をデッキに待機させるように伝えてくれ」

「スカル3、了解」

「スカル2、説教は後だ。バジュラが仲間を引き連れて戻ってこない保証もない。速やかに戦線を離脱するぞ」

「スカル2、了解」

 その久しぶりに生気のみなぎったミハエルの声に、オズマは思わず頬を緩めた。だが、すぐに気を引き締めると、ミハエルの機体を護衛するようにクォーターへと戻るのだった。