恋は密室で成就する

 

 

 殴り合いの喧嘩の末、アルトとミハエルの心の距離は縮まり、気の置けない関係となることができた。アルトはミハエルを愛称で呼び、どこか毛を逆立てた猫のような警戒心もすっかり薄れているようだ。素直に笑い、困れば助けを求める。この広い宇宙をたった一人で生き抜くのだと言わんばかりの力みも消え、頼ることは弱さだという思い込みも払拭されたらしい。

「…それは喜ばしいことだけど…」

 コフィンの外部モニターに映し出されているアルトの軌跡を睨み付けながら、ミハエルはメガネのブリッジを中指で押し上げる。

「どうしてそこで突っ込んで行くかな…」

 無数のオレンジ色の花火が炸裂する空間へ躊躇いなく機体を向けるアルトに、ミハエルは頭を抱えた。セオリー通り動くなら、そこは大きく旋回して後ろから攻めるべきところだ。真正面から対峙して捌ける程、アルトの能力は向上していない。そしてこの過ちについて、ミハエルは数えるのを止めていた。

 案の定、仮想敵の一機から放たれた一発のミサイルが、アルト機の翼を打ち抜いた。機体は制御を失い、そのまま木枯らしに舞う木の葉のようにグルグルと回転しながら落ちて行く。アルトはどうにか体勢を整えようと必死に操作をしているが、状況は一向に好転しない。

「動力系、撃ち抜かれてるからなぁ」

 ミハエルは呆れたように頭を掻きつつ、大きく息を吐き出した。ギリギリまで足掻いて諦めない姿勢は評価できるが、ならば最初から生存確率の高い戦いをすべきなのだ。

「あぁぁ!クッソ……」

 モニターに映し出された『You are dead』の文字に、アルトは悪態を吐いた。ヘルメットを乱暴に脱いで、操縦桿に拳を叩き付ける寸前で我に返った。

「…はぁ…」

 湧き上がる感情を溜息と共に吐き出して、アルトは緩く首を振る。

「前よりも難易度上がってねぇか?」

 もっと言うなら、戦闘時間も長くなっているような気がする。

「いや、気のせいなんかじゃない!」

 アルトはそう言うと、コフィンから出た。

「アルト姫、本日十回目の死亡!オメデトウ」

 歓迎のレイでも掛けるように、ミハエルは『負け犬!』などアルトを侮辱するような言葉が書かれたパネルを首に掛けてくる。

「っ…何がおめでとうだ!」

 ドン、とミハエルの肩を強く押したが、腹立たしいことにミハエルの体が揺らぐことはなかった。ふん、とアルトは鼻を鳴らして、更にミハエルに一歩踏み込んだ。

「ミシェル、お前設定また弄っただろう!戦闘時間も長くしてるよな?」
「…根拠は?お姫様」

 眦を吊り上げるアルトを小馬鹿にするように、ミハエルは肩を竦めて見せる。姫って呼ぶな、とアルトはいつもの言葉を口にして、ミハエルの胸倉を掴み上げた。

「ログを見れば一発だろう?」
「なるほど、少しは冷静に物事を見ることができるんだな」

 驚いた、と言わんばかりのミハエルに、アルトは更に胸元を強く締め上げる。だが、強く操縦桿を握っていた手には、殆ど握力は残っていなかった。ミハエルはあっさりとアルトの手を取ると、ぐ、と顔を近付ける。

「じゃぁ、冷静ついでもう一つ。俺と姫はどんな関係かな?」
「…関係?」

 ミハエルの言葉を繰り返して、アルトは視線を彷徨わせた。この場合、何と答えるのが正解なのだろうか。ついこの間までは、ただのクラスメイトでルームメイトだった。
だが、今は……。

「友達?」
「…………………………………………」

 アルトの答えにミハエルは何も答えず、ただ大きく首を振った。どうやら、間違えたらしい。

「…友達…う〜ん、まぁ、間違いじゃないんだけど……」

 ミハエルは信じられない、と言わんばかりに頭を振っている。

「期待した俺がバカだった…」

 そう、とミハエルは気を取り直すように、一度息を吐き出した。

「確かに、姫と俺は友達かもしれないけど…」

 ミハエルは、一度そこで言葉を切った。

「俺は姫の教育係で……もっと言うなら上官なんだけどな?」
「あ」

 それは、心の底から忘れていた、と言わんばかりのリアクション。ミハエルは肩を竦めると、アルトの肩にポンと叩いて実に快活に言ってのける。

「下っ端のアルト姫が上官の胸倉掴んで、無事に済むと思うかな?」
「っ…それは…」

 慌てるアルトに、ミハエルはこれ以上ない笑みを閃かせた。

「てなわけで、上官に歯向かったペナルティも足して、今日は格納庫二十五周!」
「はぁ?」
「おや?足りない?姫、足りないって?」
「いえ…行ってきます…サー…」

 下手なことを言うと倍にまで増やされそうで、アルトは手早く敬礼をして踵を返した。揺れる艶やかな黒髪に目を細めて、ミハエルもシミュレータルームを後にするのだった。