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LOVE REC
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微妙に食べ足りないな、と購買に焼きそばパンを買いに行ったミハエルは、妙に廊下がざわついていることに気づいた。否、血気盛んな年頃の高校生が、昼休みに騒がないなどある訳もないのだが、この落ち着きのない空気がいつもと違う何かがあったことを伺わせた。 「・・・・何だ?」 低く呟くミハエルの視界に、フワリと見慣れたストロベリーブロンドが揺れる。あぁ、とミハエルは肩を竦めた。銀河で知らぬ者はいない。誰もが認めるトップアーティスト。銀河の妖精ことシェリル・ノームが、美星学園の廊下を闊歩しているのだ。いや、本来なら別段珍しい光景ではない筈なのだ。そう、彼女はユニバーサルボードの常連でありながら、ここ美星学園の生徒という顔も持っていた。一生徒が校内の廊下を歩くなど、珍しいどころか当たり前過ぎて話題にすら上らない。ただし、シェリルが制服を着ていれば、の話だ。ミハエルの視線の先を歩くシェリルは、形の良い脚を惜しげもなく晒すホットパンツ姿だ。光の加減で色を変えるブルーのトップスが鮮やかで、華やかと名高い美星学園の制服の中でも一際目立っている。 「・・・・ヤレヤレ・・・・」 ミハエルは肩を竦めた。シェリルが無茶をする場合、対象は決まっているのだ。些か複雑な感情を腹の底に溜めながら、ミハエルは教室のドアを潜った。そこは、廊下程のざわめきはないものの、やはり普段と違う空気に包まれていた。 「クラスメイトだろうに」 机を並べて授業を受けた回数だって、既に両手では足りないくらいなのだ。未だゲーノー人扱いされていることを知れば、シェリルだって悲しむだろう。もちろん、とミハエルは自席へと向かいながら級友たちにも同情する。あんな華やかな私服で、芸能人オーラ満載で突然教室に乱入されれば、度肝を抜かれるのは無理もない。何しろ、シェリルはライヴやら新曲の準備やらで、ここしばらく学校には顔を出せない、と聞き及んでいたのだ。きっと、驚きのあまり声すら掛けられなかったに決まっている。何しろ、とミハエルは眼鏡の蔓を押し上げた。 「シェリル、何の用だったんだ?」 渦中の人間が、イマイチ何が起きたか理解できていないのだ。その表情は、嵐にもみくちゃにされた小動物のようだ。ミハエルは、よいしょ、とアルトの前の席に陣取って、呆然としている恋人の手元を覗き込んだ。 「ビデオカメラ?」 アルトの机には、両手で納まる程度の小さな箱が置かれていた。白くツルツルとした手触りのそれには、細いシルバーのラインで描かれたビデオの絵と、メカニカルなフォントで『 VIDEO CAMERA 』の文字がプリントされている。 「EXギアで空を飛ぶ時に、風景を撮って来いって。次の新曲のPVで使う、映像素材が欲しいらしい・・・・」 うぅむ、とアルトは眉根を寄せた。 「・・・空撮の映像素材ねぇ」 そんな物、わざわざアルトに頼まなくても、映像製作会社には腐る程ある筈だ。だが、あのシェリル・ノームが誰かが使った素材で満足するだろうか。そんな使い古された映像なんてイヤよ、とシェリルが言いそうなセリフではある。だが、とミハエルは表情を隠すように、中指で眼鏡のブリッジを押し上げた。彼女の思惑は、それだけではないだろう。わざわざ忙しい合間を縫って、私服で学校に乗り込むというリスクを犯し、それでもアルトに依頼した。そこにある感情に気付かないのは、アルトぐらいだろう。 「最近のビデオカメラは本当に小さいんだな」 ミハエルは器用に左手と口で焼きそばパンの包みを剥がしながら、空いた手でビデオカメラが収まっている箱を開いた。そして、パンを三口程で平らげると、箱の中から本体を取り出してみせる。 「最近のカメラは、本当に小さいよなぁ・・・・」 銀色のそれは、ミハエルの手の中にすっぽりと収まってしまう。これならば、ヘルメットに着けて飛んでも邪魔にならないだろう。なるほど、とミハエルは小さく唸った。間違いなく、シェリルはそこまで考えている。いじましいな、と思いながらも、正直面白くない。 「早速、今日使うのか?」 放課後に、自由参加の飛行訓練があるのだ。何よりも飛ぶことが好きなアルトにとって、参加しないという選択肢は有り得ない。う〜ん、と渋るような声を漏らしながら箱に手を伸ばすアルトに、ミハエルは頬杖をついて顔を覗き込んだ。 「早目に片付けないと、女王様からお叱りを受けるぞ」 遅い!と腰に手を当てて叫ぶシェリルの姿が見えるようで、アルトは困ったように唇を尖らせた。そして、箱の中から冊子を取り出す。 「今日使うかどうかは、取り扱い説明書を読んでから考えるよ」 バサバサと冊子を振るアルトに、ミハエルは小さく息を吐き出した。ビデオカメラくらいであれば、取り扱い説明書を見なくても、基本的な操作ならできてしまいそうなものである。時折向こう見ずな戦闘スタイルでミハエルの肝を冷やしてくれるアルトだが、電子機器の操作となると途端に慎重になるのだ。特に今回は、シェリルからのレンタル品である。その取り扱いについて、得も言えぬ緊張感を孕むのは致し方ないのかもしれない。 「俺も手伝うから、無理するなよ」 形の良い顎に指を掛け、早速眉間に皺を寄せながら唸り始めたアルトの頭を、ポンと叩いてやる。 「おう」 サンキュな、と取り扱い説明書から顔を上げることなく呟くアルトに目尻を下げると、午後の授業開始のチャイムが鳴り響いた。 |