プロティ・アガピ

 

 

 いきなり煙で燻されるという手荒な歓迎を受けたアルトは、オズマに引き摺られるままブリーフィングルームへと連れて行かれた。四人掛けの席に座るように促され、アルトはノロノロと腰を降ろした。すかさず、カウンターからコーヒーが運ばれてくる。


「ボビー、悪いな」
「好きでやってるんだから、気にしないで」

 わざとらしくシナを作るボビーに、アルトは面食らっていた。先程の手荒な歓迎を受けた際、腕利きの操舵士と紹介され、オズマ程の男から信頼の厚い人物とは、果たしてどれ程男気溢れた人間なのか、と期待していたのだ。それが、逞しさよりも気遣いに溢れたオネェキャラとは、悪い冗談としか思えなかった。

だが、とアルトは肩を竦めた。驚きはするが、セクシャリティなど希薄なご時世である。追求する方が、ヤボと言うものだ。本人が望む通りに生き、周囲はそれを受け入れる。それが、常識なのだ。


「肝心な物を忘れるなんて、どうかしてるわ」


 感謝しなさいよね、とバサリと髪を掻き上げて、オズマにタブレットを突き出す美女に、アルトは唖然とした。SMSには、個性の強い人間しかいないのか、と口の中で呟いて、アルトはハっと生きを飲んだ。彼女の顔には、見覚えがあった。


「いつぞやはどうも。私は、キャサリン・グラス中尉です」


 初めてバジュラと対峙した日、アルトに有無を言わさず、血液検査を始め、あるとあらゆる検査を受けさせたキャリアウーマンだ。


「・・・グラス?まさか・・・」
「そう、大統領令嬢だ」


 苦々しく吐き捨てるようにオズマは口を開き、カップに手を延ばす。


「確かに、父は大統領だけど、今の私はオブザーバーとして新統合軍から出向している一軍人に過ぎません」


 この話はおしまい、とばかりにキャシーはアルトにタブレットとペンを差し出した。アルトは首を傾げる。


「契約書なら、さっきサインしましたけど・・・」


 業務上知りえた機密を漏らさない、という誓約書にもサイン済み。だが、キャシーは首を振った。


「身上書を提出して欲しいんです」


 ワケアリな人物ばかりが多数所属する軍事プロバイダだが、ある程度身元はハッキリさせておく必要があるのだ。キャシーの説明に、アルトは改めてタブレットを覗き込んだ。そこには、既に入力フォーマットが映し出されており、一般的な記入事項が羅列されている。住所や氏名、年齢に生年月日。そして性別欄は二つ。男女と三つのバース性からの選択。そこまでは、よくある身上書だ。アルトは特に迷うことなく、空欄を生めていく。だが、ふとアルトの手が止まった。


「どうした?何か疑問点でもあるのか?」


 オズマの声に、アルトは僅かに眉根を寄せた。


「いえ、配偶者の有無も確認項目なんだなぁって・・・」
「え?あぁ・・・・税金などの事務手続きの為にね」


 どこか奥歯に物の挟まったようなキャシーに、アルトは首を傾げた。学生相手に配偶者控除など、無縁もいい所である。納得のいっていない様子を見せるアルトに、キャシーは紅唇を開いた。


「そこ、良く見てちょうだい。配偶者及び番の有無ってあるでしょ?学生でも番がいる場合は、それも控除の対象だから書いて貰っているの」
「へぇ・・・・」


 学生の内に番を持つなど自分には無縁の世界だ、と肩を竦めた刹那、アルトの脳裏にふと金色の髪が過った。


「アイツには・・・もういるのかな・・・」
「・・・何か言ったか?」


 知らず落ちた呟きに、オズマが怪訝そうに顔を向ける。


「いえ・・・何でもありません」


 アルトは、慌てて『無』を選択する。そう、と全ての項目を埋めたタブレットをキャシーに返却しながら、アルトは自分に言い聞かせる。番がいるのであれば、あれ程派手に女遊びはしないに決まっている。と、アルトは首を捻った。なぜ自分が、そんなことを気にせねばならないのか。それこそクラスメイトという以外、関係ないのに。


「記載漏れもありませんね。ありがとうございます」

 

 確かに受領しました、とキャシーは頷きながらタブレットを操作する。その手元を覗き込んだオズマが、手を打つ。


「やっぱりアルトはαか・・・」


 やっぱり、というオズマの言葉に、意識せずとも眉間に皺が寄ってしまう。強い繁殖能力を持つαは、その優秀な遺伝子を多く残そうとするのか、圧倒的なカリスマや天才的な能力を有す人物が多いとされている。それ故、秀でた能力を持つ者がαだと分かると、それは当然のことである、とラベリングされてしまうのだ。そう、本人の努力など誰も認めようとしない。


アルトの家は、名門と言われる歌舞伎の一家であり、父親は全銀河でその名を知らぬ者はいない名役者。アルト自身も、伝説とさえ謳われる天才女形であった。現在は諸事情で舞台を降りているが、それでも現役の頃はアルトの舞台を一目見ようと、遠方からたくさんのご見物が来た程だ。
その芸は、一朝一夕では身に着かぬ。男して生まれながら、明けても暮れても女性として生活することを強いられ、夜遅くまで続く毎日の厳しい稽古の果てに手に入れた妙技なのだ。血反吐を吐くような努力の結果を、天才の一言で片付けられる虚しさ。


「αの苦悩は分かるぞ。俺もαだからな」


 え?と顔を上げると、オズマは歯を見せて笑う。どうやら、アルトの表情の変化を見逃さなかったらしい。なるほど、破天荒ではあるが、隊長を務めるには十分な器の持ち主なのだ。


「ちょっと数が多いくらいのβの僻みなんぞ一々気にしてたら、何もできなくなるぞ」


 人口比が一番多いβは、バース因子を持たず、宇宙進出以前の人類と同じ遺伝子情報を持つ。彼らは努力の人、と言われ、常に一歩先を歩くαに追いつかんと、常に勤勉であり続けた。その信念は固く、頭の下がる思いだ。それでも、αは天才の名の上に胡坐を掻いている、と決めつけられるのは、気持ちのいい話ではない。


青春まっただ中のアルトの意見に、オズマは目を細める。アルトは嫌がるかもしれないが、自分の若い頃にそっくりだ。常に反発を覚え、青くて食えたものではない。


「お前がαだからって、努力してないなんて言うつもりはない。ただ、αなら一つ説明事項を省けるな、と・・・」
「オズマ!」


 聞き捨てならない、とキャシーの手がテーブルを叩いた。ガチャン、とカップが音を立て、ソーサにコーヒーが零れる。おお怖い、とワザとらしく肩を竦めるオズマに、キャシーは形の良い眉をギリギリと吊り上げる。


「我々には説明責任があるんです!」
「・・・・説明責任・・・・」


 思わず呟きを落としたのは、アルトだった。何しろ、とアルトはチラリとオズマを見た。学校帰り、人攫いの如くアルトをバイクに乗せたかと思うと、何の説明もなく無茶な運転を繰り返し、SMSの格納庫に引っ張り込んで、ギリアム大尉の最後を語れと迫ったのだ。混乱しているアルトなど、お構いなしに。今更、説明責任と言われても、鼻で笑ってしまう。


「相変わらず、頭固いなぁ・・・」
「ルールはルールです」


 面倒だ、と頭を掻くオズマに、キャシーは断固として言い放つ。中々良いコンビだ。


「まぁ、アルトはαだし、直接は関係ないんだが、一応説明するぞ」


 茶色い雫を滴らせながら、オズマはカップを傾けた。そして、改めてアルトに向き直る。


「さっき、身上書に配偶者及び番の有無を確認しただろう?」


 アルトが手を止めた箇所だ。頷くアルトに、オズマは再びコーヒーで唇を湿らせる。言い難いことなのだろうか、とアルトは首を傾げた。


「別段、これは差別しているつもりもないし、ウチだけじゃなくて他の軍事プロバイダはもちろん、新統合軍も同じ方針を取っている」


 そこは誤解しないでくれ、と念を押し、オズマは言葉を続ける。


「番のいないΩは、従軍させられない決まりになっているんだ」
「え?・・・どうして?」


 人口比の一番低いΩだが、その妊娠率の高さと男性体でも妊娠出産ができるという特筆すべき能力があり、人口を維持したい政府は、手厚く保護すべきとしていた。


Ωはその高い妊娠率故か、三ケ月に一度という頻度で一週間程の発情期があり、その期間中、満足に社会生活を営むこともできないとされていた。また発情期に発せられるフェロモンはバース因子を持たないβさえ、魅了し狂わせると言われ、バース性が確認され始めた当初は、保護という名の隔離や差別があった。それ故、Ω性であることを口にできない時代もあった。


 しかし、近年ではバース性に対する研究が進み、発情をある程度コントロールする薬も多数開発されている。また、そのメカニズムに対する理解も深まり、企業に対してΩを理由とする不採用を禁じる措置も取られている。


そんな現代で、Ωを理由に従軍を是認しないとは、よっぽどの理由がなければ許されない筈だ。ましてや、一企業のみならず、新統合軍でさえ同様の運用をしているとは。


「Ωのフェロモンが、他の性別に与える影響は知っているな?」


 コクン、とアルトは頷いた。Ωの本能は、優秀なαの遺伝子を手に入れることだ、と聞いたことがある。その為、Ωのフェロモンはαに強く作用し、気付いていたらΩを組み敷いていた、という恐ろしい話もある。


「Ωのフェロモンに当てられたαの力は、火事場の馬鹿力の倍以上の威力を発揮する」


 それが、とアルトは知らず肩を抱く。軍人として日々鍛錬に励んだαが、本能のままにΩに挑みかかったらどうなるか。恐らく、誰も止められない。


「つまり・・・Ωの身の安全を優先した結果、という訳ですか・・・」


 確かに、それなら政府も納得せざるを得ないだろう。だが、とアルトは首を傾げた。Ωの安全を考慮するのならば、番の有無など関係ないのではないか。そう疑問を口にするアルトに、キャシーが口を開いた。


「番のいるΩのフェロモンは、番であるαにしか作用しないの」


 知らないかしら?と問われ、アルトは首を振った。正直、自分には縁のない話だと思っていたし、興味を持つ思春期も稽古に追われ、バース性について調べる時間も気力もなかったのだ。


「番さえいれば、間違いも起こらないだろう、という判断だ」


 実際、新統合軍を始め、全ての軍事プロバイダで問題が発生した、という話は聞いたことがなかった。


「ただ誤解しないで欲しいのは、あくまで従軍を認められないだけで、SMSとして雇用しないという訳じゃないの」


 事務や本業の運送業務で活躍して貰うのだ、とキャシーは念を押す。


「分かりました」
「では、他の説明に移りますね」


 いつの間にやら、新入隊員への説明業務はキャシー主導で行われ始めた。本来であれば、率先して動かねばならない筈のオズマは、呑気にコーヒーを啜っている。後で大目玉を食らうんだろうなぁ、とアルトもミルクと砂糖を入れたコーヒーに口を付けながら、キャシーの四角四面な説明に耳を傾けるのだった。

 

「では、以上で説明を終わります。何か質問はありますか?」
「いえ、特にありません」


 キャシーの横で、ふわ、とオズマが欠伸を噛み潰している。


「では最後に、宿舎の鍵を渡しておきます。部屋は二人部屋になりますが、よっぽどのことがない限り交代は認められていません」


 どれ程ウマが合わなくても波風立てずに過ごせ、と言うことか。望むところだ、とアルトはキャシーからカードキーを受け取ると、立ち上がった。キャシーも立ち上がると、スっと右手を差し出した。


「では改めて。早乙女アルト准尉、SMSは貴方の入隊を歓迎します」


 活躍を期待している、と美しく微笑むキャシーに、アルトは支給されたばかりのブルゾンで手を拭うと、その爪先まできちんと手入れされた右手を握り返した。


「ご期待に添えるよう、努力いたします」