|
Eternal Contract
|
|
「一週間とは、随分無茶を言ってくれるわねぇ」 シエルの部屋へ案内される道すがらセバスチャンから納期を告げられ、ニナは難しい表情を浮べて思案する。インスピレーションが降りてくれば、不可能ではない。もちろん、シエルという素晴らしい素体を前にして、何も浮かばないなんてことはない。沸き上る泉の如く溢れ出るアイデアを、纏める方が難しいくらいだ。そう、たった一週間で全てを作り上げることが困難なのだ。 形の良い胸の下で腕を組んで悩み始めた仕立屋に、セバスチャンは呆れながら肩を竦める。 「今回は、夜会用のスーツを一着仕立てて頂くだけで構わないんですよ」 下手に大量に作られても、出不精の主には無駄にしかならない。もしかしたら、着る機会もないままシエルが成長しないとも限らないのだ。確率としては非常に低いだろうが。 「一着だけ、ですって・・・」 ニナは、その場でよろけるように壁に手を付いた。たった一着で、迸るイマジネーションをどう形にしろと言うのか。それこそ無理難題にも程がある、と不満の表情を露にする仕立屋に、セバスチャンはニッコリと笑って見せる。 「坊ちゃんも、仕立屋ニナ・ホプキンスの渾身の一着を楽しみにしてらっしゃいます」 本当のところ、シエルにファッションに対する興味などカケラもない。ニナの最高傑作にだって、何の感想も抱かないだろう。シエルにとって服とは、伯爵家として、また英国紳士として相応しい物であれば注文など皆無に等しい。それでも、物は言いようである。細かな採寸とフィッティングを繰り返し、シエルを無駄に疲弊させて、暴走した揚げ句止まることを知らないニナを牽制するには、必要なこと。嘘も方便。これぐらい、眉一つ動かさずに言えなくてどうします。セバスチャンは、少しだけ唇の端を歪めてみせた。 「そう?じゃぁ、張り切って行かせて貰うわ!」 バァン、と勢いよく扉を開け放つニナに、セバスチャンは表情を改めた。どうやら、自分の発言は牽制ではなく、起爆剤と化したらしい。どうにも、ニナは予想の斜め上をカッ飛んで行く節がある。 「ニナ!」 唐突に開け放たれたドアからニナが飛び込んできて、シエルは思わず声を上げた。ニナの肩越しに見えたセバスチャンは、少しだけ眉を顰めている。シエルが言わんとしていることは、理解できたようだ。 「お久しぶりね、シエル坊ちゃん!最高の夜会服をお約束させて頂きますわ。てなわけで、さぁまずはきっちりとヌード採寸と行きましょうかぁ」 鞄を床に置くと、電光石火の素早さでメジャーを引っ張り出す。ギラギラとしたニナの視線 に、シエルはセバスチャンに視線を投げた。セバスチャンは静かに頷くと、シエルを背中に隠すようにニナの前に立った。 「ホプキンスさん。非常に残念ながら、坊ちゃんのサイズはこれっぽっちの変化もございませんので、ヌード採寸の必要はないかと存じますが・・・・」 「セバスチャンっ!」 言うに事欠いて、何と言う言葉のチョイスだろうか。鼻息荒く、今にも突進しそうな闘牛を思わせるニナをどうにかしろ、というつもりでセバスチャンを見たのは確かだ。それでも、もっと他の言い方があった筈だ。 「私は、本当のことを言ったまで、ですが?」 嫌味なくらい爽やかな笑顔で、セバスチャンは振り返った。その笑顔に憎々しげに舌を打って、シエルはシュルッとリボンタイを解いた。 「坊ちゃん?」 ハラリと蒼いタイが、床に舞い落ちる。セバスチャンはシエルの意図を図りかねて、首を傾げた。 「本当に僕が成長しているか否か、ハッキリさせるのも一興かもしれないな」 ニナは狂喜乱舞し、セバスチャンはガックリと肩を落とした。いくらプライドの為とは言え、自らその白い肌と刻まれた紅い烙印を、ニナの眼前に晒す気になるシエルが分からない。地の底にめり込みそうになるくらい、深いため息を吐くセバスチャンに、シエルはフンと鼻を鳴らした。世に言う成長期のただ中にありながら、その片鱗さえ見受けられない自分。英国でも屈指の大男であろうセバスチャンに、自分の心中など理解できるとは最初から思っていない。確かに、ニナのあからさまな好奇の視線に体を晒すことに、抵抗がないとは言わない。それでも、もしかしたら、という淡い期待がシエルを動かした。否、自分が成長しないことを嘲笑う悪魔を、見返したいだけかもしれない。セバスチャンは鼻息荒い主人に肩を竦めると、華奢な肩からジャケットを剥がし、ブラウスのボタンに指を掛けた。 ◆◆◆◆◆◆ 緩む頬もそのままに、ニナは嬉々としてメジャーをシエルの各所に当てる。首から肩に掛けて腕へと連なるライン。薄い胸囲を測定して素早くメモを残すと、折れてしまいそうなくらい細いウェストにメジャーを回した。 「今回の夜会って何か特別な意味でもあるのかしら?」 シーズンを外している、とニナは言いたいのだろう。シエルは肩を竦めて、セバスチャンに目配せを送る。 「さる実業家の方のお嬢様のお誕生パーティーと、奥様との結婚記念のお祝いだそうです」 本来のシエルであれば、招待自体を黙殺しかねない。だが今回は、嫌々でも足を運ばなければならない理由があった。 「とある案件の契約締結の最終確認を、当日に行いたいらしい」 成り上がりの成金が考えそうなことだ、とシエルは言外に吐き捨てる。金のない爵位持ちと金に膨れながら爵位を持たぬ者たちの対立は、日ごとにその溝を深くしている。どちらも互いを嫌悪していれば、それは当然の結果だ。だが、シエルの虫の居所が悪いのは、そんな下らないプライド故ではない。むしろ爵位を持ちながら、一流企業の敏腕社長という一面を持つシエルにとって、実業家はある意味近しい存在である。では、何が不満か。 「坊ちゃんは、滅多に夜会などには足をお運びになりませんからね」 いつぞや、劉がシエルをレアキャラと評したことがあったが、なるほど言いえて妙だ。シエルの姿を社交界など華やかな場所で見る確率は、流れ星を見るよりも低いと言われている。そんなシエルを自分の夜会に呼ぶことができたら、ある意味箔が付くと考えられても不思議ではない。何より、シエルは幼くても伯爵である。それも、広大な領地と成長著しい企業を有した。今後の事業展開を目論むならば、シエルとのパイプを誇示したくなる気持ちも分かる。だが、結局はダシに使われるに過ぎない。それこそが、シエルを渋らせる最大の原因だった。 「あくまで、主役はウォレス家の令嬢と奥方だ。なるべくシンプルに頼む」 シエルは、深いため息とともにニナにクギを刺した。こちらも御しておかねば、主役を食いかねない衣装が出来上がる可能性がある。ただの夜会ならそれも許されるだろうが、今回はビジネスが絡んでいるのだ。そこを考慮する必要がある。不満そうに唇を尖らせる仕立て屋に、シエルは眉を顰めた。そして、海よりも深いため息を吐き出して、口を開いた。
|