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「・・・・う〜・・・・」
「大丈夫か、姫?」
ミハエルを介抱する気はない、と宣言したアルトだが、よもやまさか自分が介抱されることになるとは、夢にも思っていなかっただろう。ぐったり、とミハエルに大人しく担がれながら、どうにかタクシーから降りる。
何でこんなことになっているのか、とミハエルは、低い声で呻き声を漏らすアルトの顔を見やった。
店の隅でオズマから呼び出されぬよう、小さくなってファジーネーブルを啜っていたアルトが、気づいたら自分と同じ酔っ払い集団にいたことに気付いた時、ミハエルは心臓が飛び出そうなったことを思い出す。
ナナセの同僚に声を掛け、彼女の仕事が終わる時間に迎えに来るよ、なんて手を振って振り返った時、そこにはゲンナリとした表情を浮かべたアルトが座っていた。ビールは炭酸が苦手で、と必死に勧められる酒を回避しようとしていたアルトだが、じゃぁ、と別の人間が持ってきた杏露酒のロックを断る理由にはできなかった。
ホラ、と手渡されて、アルトはグラスを見下ろした。フルーティーな甘い香りに、涼やかに音を立てる氷。何より、一番の下っ端であるアルトに、先輩の酒を断る道はない。アルトは、強くグラスを握り締めた。そして、
「いただきます」
そう言い放つや否や、一気にグラスを煽った。
「っ・・・バカが・・・・」
ミハエルの声など聞こえないとばかりに、アルトは喉を鳴らして杏露酒を飲み干した。カラン、と氷を弾ませて、空のグラスをテーブルに叩き付ける。その思い切りの良い飲みっぷりに、酔っ払いたちが、ヤンヤヤンヤと手を叩く。
「・・・・っ・・・・ぅ」
焼けるような熱が、喉を滑り落ちた。どうにかこうにかそれを遣り過ごすと、同時に空いたグラスに再び酒が注がれる。ミハエルは立ち上がると、横からグラスを取り上げた。
「スイマセン、コイツそんなに強くないんで、勘弁してやってくれませんか?」
場がしらけるのは、百も承知。だが、SMSの忘年会で急性アルコール中毒患者を出し、救急車の世話になるなど、企業の信用問題に発展する。自分のこの行為は、会社の社会的地位を守る為の物なのだ。それ以外に意味はない、とミハエルは自らに言い聞かせる。だが、アルトはミハエルの手からグラスを奪い取った。
「別に、弱くなんかない」
座った目でミハエルを睨み付けると、アルトは再びグラスを煽る。喉を鳴らして飲み下すアルトに、わぁ、と歓声が上がり、本日何度目かの乾杯の声が上がる。
「なに対抗心燃やしてるんだよ・・・」
「・・・・燃やしてねぇよ」
焦点の合わなくなった琥珀が、形ばかりミハエルを睨み付ける。その威力のなさと、頬を染めて唇を尖らせるアルトに、ミハエルは緩く頭を振った。そう、本人の心がどうあれ、その容姿は美少女その物。酔った勢いで、間違いが起きないとも言い切れない。アルトが一杯飲み干す度に、ミハエルは自分の酔いが醒めていくのを感じた。
そして、今に至る。あの酔っ払い集団の中、一人冷静にベロンベロンに酔い潰れたアルトを抱え、二次会はもちろん、声を掛けた女性店員との約束も反故にして、宿舎に戻ってきたのだ。
「姫?生きてるか?」
「・・・うぅ・・・気持ち悪い・・・・」
足元の覚束ないアルトを引きずる様にして、ミハエルは静まり返った宿舎の廊下を進む。今頃、皆二次会で更に羽目を外していることだろう。行きたくなかった、と言えば嘘になる。翌日、確実に後悔することになるが、それでも有意義だったと言えなくもない時間なのだ。
「水、いるか?」
それでも、自分はSMSの社会的信用を守る為に、尊い犠牲になったのだ。アルトを病院送りにすることなく、また隊内から暴行犯を出すこともなく済んだのは、偏に自分というストッパーがいたからなのだ。
「うぅ・・・水・・・・」
呻くアルトに、ミハエルは自販機に足を向けた。そしてミネラルウォーターを選んで、そのままペットボトルをポケットに捻じ込むと、再び部屋を目指す。
そう、これはルームメイトを思っての行動。そして、自らの生活の糧を払い出してくれる会社を守る為の行為。それ以上に意味はない。ミハエルは、自らに言い聞かせるように部屋の扉を開けた。
「ほら、姫。部屋に着いたぞ」
「・・・おう・・・・」
半分意識のないアルトを、どうにかベッドに座らせると、ミハエルはポケットからペットボトルを取り出した。キャップを捻じ切って差し出せば、アルトはベッドに引っ繰り返っている。
「姫、水飲むんだろう?」
ほら、と肩を叩けば、小さく呻きながらノロノロと体を起こした。想像以上に意識を手放しているアルトに、ミハエルは僅かに眉を顰める。果たして、このままペットボトルを手渡して、良い物だろうか。最悪、ベッドに水をぶちまける恐れがある。だが、震えるアルトの手が、水を求めてミハエルへと伸びて来る。
「・・・・水・・・」
まるで砂漠で喘ぐように息も絶え絶えなアルトに、ミハエルはペットボトルを差し出した。アルトの手が、きちんとボトルを掴んだことを確認して手を離すと、アルトは貪るようにペットボトルを煽った。
「っ・・・ぅ・・・んっ・・・」
想像以上に体が水分を欲していたのだろう、アルトはゴクゴクと喉を鳴らして水を飲む。だが体の要求に、飲み下すスピードが追い付かない。ばたばた、と飲み込めなかった水が、口元から溢れて胸元を濡らした。
「あぁ・・・もぉ・・・」
ミハエルはアルトの手からペットボトルを取り上げると、ロッカーからタオルとTシャツを取り出した。そして、ブルゾンを脱がせる。
「・・・ミシェル?」
突然水を取られた理由も、ブルゾンを剥ぎ取られる意味も分からず、アルトはキョトンと目を丸くしてミハエルを見上げた。その首を傾げる幼い仕草に、ミハエルは思わず息を飲んだ。とろん、と半ば焦点の合わぬ琥珀色の瞳に、濡れた唇。ぱた、と唇から白い肌を濡らす滴に、一瞬ミハエルの視界がグラリと傾いだ。
「っ・・・水、零してるだろ」
「あ・・・」
ミハエルの指摘に、アルトはノロノロと胸元を見下した。確かに、ラベンダー色のタンクトップの色が変わっている。零していたんだ、とアルトは濡れた鎖骨をなぞる。分かっただろう、とミハエルは目眩を振り払うように息を吐き出し、口を開いた。
「ほらバンザイ」
「ばんざーい」
ミハエルの号令に、アルトは素直に従った。小さな子供のように、自らも声を出しながら両腕を上げる。そのまま、と声を掛けてミハエルはしゃがみこんだ。タンクトップを脱がし、手にしたタオルで濡れた体を拭う。明かりの下、間近で見るアルトの白く薄い胸。高鳴る鼓動は、自らも酔っているからだ、と口の中で繰り返して、ミハエルは最後にアルトにTシャツを被せた。
「弱いくせに、強い酒をカパカパと煽るように飲むから、こんな目に合うんだ」
間違いなく明日は地獄の苦しみが待っている、と死刑宣告にも似た言葉を吐き捨て、ミハエルが立ち上がろうとした瞬間、アルトの手がミハエルの肩に伸びた。触れると同時に、そのまま引き寄せられる。
「・・・・ミシェル・・・」
ふわ、と柔らかな花が綻ぶような微笑みを浮かべて、アルトの声がミハエルの名を紡ぐ。その聞き馴染みのない響きに、ミハエルが疑問を覚えるより早く、その唇に何かが触れた。
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