Can You Celebrate

 

 

 

 

 

 

「っ・・・んっ・・・んぅ・・・っ・・・・」


 放課後のロッカールームに響く、アルトの悩ましげな呻き声。
アクロバット飛行の練習を終えて、帰っていくメンバーたちの背中を見送るや否や、ミハエルに唇を奪われたのだ。抗う間もなく深く重ねられ、熱いミハエルの舌に口腔を弄られた。ねっとりと絡み付く熱い舌。ザラリと擦れ合い、そのまま強く吸い上げられる。


「んぁ・・・んっ・・・んむぅ」


 ゾクリ、と湧き上がる熱に肌が粟立つ。こんな場所で、と胡乱だ頭で首を振る。それでも、百戦錬磨のミハエルの口付けに、アルトが抗える筈もない。ただその甘い快楽に翻弄され、ミハエルの舌にされるがまま身体を震わせる。引き剥がす筈だった手は、いつの間にか縋りつくようにミハエルの背中に回っている。


「んふっ・・・ぅ・・・んっ・・・」


 カタン、と肩がロッカーにぶつかって、アルトは我に返った。力の入らない手でミハエルの髪を掴んで、酸素を求めるように唇を離した。


「っ・・・・こんな場所で、何するンだよ!」


 誰か来たらどうする!と噛み付けば、ミハエルは肩を竦める。


「大丈夫。鍵は掛けたよ」
「そう言う問題じゃ・・・・・」


 アルトはがっくりと項垂れた。学校で、誰が来るとも知れない場所で、いきなりキスをすることが問題なのだ。誰かに見られる云々が、論点ではない。だが、アルトの主張などお構いなしに、ミハエルは逃れようとするアルトの顎を指で持ち上げると、ふと微笑んだ。その色を帯びた微笑に、ゾクリと背筋が震えた。


「もう黙って」


 静かな声が耳朶を震わせたかと思うと、ミハエルの熱に濡れたエメラルドグリーンが近付いてくる。抗えない絶対の引力に、アルトは逃れることができなかった。ミハエルの熱い唇が、アルトのそれを塞ぐ。刹那、


「お〜い、ミシェルとアルトまだいるか?」
「あれ?鍵掛かってる?帰ったか?」


 ガタガタ、と扉を開けようとする音に、アルトは慌ててミハエルの胸を突き飛ばした。


「あぁ、悪い!」


 今開ける、とアルトはキスで濡れた唇を誤魔化すように手の甲で拭い、扉へと走り寄る。そして、焦りで狂う手元に苦戦しながら鍵を開けた。


「何だ?忘れ物か?」


 ミハエルとのキスに溺れ掛けていた後ろめたさから、妙に愛想が良くなってしまうその。普段の三割増の笑顔で対応するアルトに、知らずミハエルの表情が僅かに険しくなる。そう、とミハエルは眼鏡のブリッジを中指で押し上げた。あのまま沈黙を貫いて居留守を押し通せば、メンバーをやり過ごすことはできたのだ。それを、と小さく舌を打つと、ミハエルは滲む感情を押し殺すように表情を消した。そして、口を挟むことなく黙々とネクタイを締める。


「いやぁ、良かったよ。まだ居てくれて」


 さも安心したかのように、ホッと息をつくメンバー二人。アルトは首を捻った。


「校門でシェリルが待ってるぞ」
「早く、今すぐ呼んで来いって、凄い勢いで言われてさ」


 校門を通り掛かるや否や突然手首を掴まれて、噛み付かんばかりの剣幕で要求を突き付けられた、と彼らは語る。


「お前、何やらかしたんだよ」


 見たことのないシェリルの迫力に、彼らはアルトに何かしらの非があると判断したらしい。


「・・・いや・・・特に心当たりは・・・・」


 そう呟きつつ、アルトは制服のポケットから携帯を取り出した。そこには、着信履歴を埋め尽くすシェリルの名前。サァ、と血の気が引く音がする。


「・・・嘘だろう・・・」


 アルトを奴隷君と呼んで憚らないシェリル。そのシェリルから、再三に渡る着信。アクロ飛行の練習中だったから気付かなかった、なんて言い訳にならない。否、言い訳など女王様の耳に入れることすらできない。アルトは、礼もそこそこに鞄を引っ掴むと、大慌てでロッカールームを飛び出した。
 その慌ただしく駆けていくアルトの背中を見送りながら、ミハエルはバタンとロッカーを閉めた。

 

 コツコツ、とヒールをアスファルトに打ち付けながら、シェリルは校門から出てくる生徒たちを険しい表情で眺め続けていた。


「・・・・遅い!」


 シェリルは再び携帯電話を取り出した。丁度通り掛かった航宙科の生徒にアルトを呼んでくるように頼んだのだが、大人しく待っていられる程、シェリルの気は長くなかった。可能なら、校舎内に乗り込んで自らアルトを探し出した所だが、生憎制服を着て来なかったのだ。急いでいたとは言え、これは痛恨のミスだ。数時間前の自分を、激しく罵ってやりたい気分だ。


「あぁもぉ・・・何してるのよっ」


 こちとら、秒刻みでスケジュールが詰まっている人気アーティストなのだ。あまり時間を割けないのが、実情である。それでも、今日必ずアルトに会わねばならないのだ。会って話さなければならないことがあるのだ。
 シェリルは爪を噛むと、携帯を操作する。その時だ。


「シェリル!」


 ぜぇぜぇ、と息を切らせて、薄く汗を滲ませた白い肌に黒絹の髪を幾筋か纏わり付かせたアルトが、走り込んで来る。


「遅い!」


 膝に手を付いて、荒い呼吸を繰り返すアルト。その姿に、シェリルは肩を竦めた。その必死さに免じて、速やかに電話に出なかったことに関しての追及はしないでおいてあげよう。時間もないことだし、とシェリルはバサリと髪を掻き上げた。


「・・・それで、何の用だよ」


 落ちてくる汗を手の甲で拭って、アルトはシェリルに向き直った。着信履歴を埋め尽くす程の用とは、一体どんな物なのか。まぁ、とアルトは肩口に落ちた髪を背中に流しながら、肩を竦めた。シェリルの言う火急の用が、アルトにとって同じとは限らない。いや、同じであることなど一度たりともないのだ。きっと今回だって、アルトには大したことではないに決まっている。そう、とアルトはシェリルの言葉を予測する。今だったら、ランカが言っていたファッションショーのチケットでも持って来た、が有力候補だ。


「ねぇ、アルトはプリティアーナってブランド知ってる?」


 ホラ来た、とアルトは内心手を打った。この後に続く言葉は、チケットを持って来たから有り難く受け取りなさい、に決まっている。必ず来るように、と釘を刺され、ボビーたちから羨ましいと散々言われることだろう。横流しできないのは痛いが、無理難題を吹っ掛けられることに比べれば、大したことない。


「あぁ。女性に人気のブランドなんだってな」


 ボビーたちの受け売りを口にすると、シェリルの顔が一気に華やいだ。何故だろう、妙な胸騒ぎがする。その時だ、背後で砂利が擦れる音がした。振り返れば、鞄を抱えたミハエルが立っている。


「ようシェリル。久しぶり」


 手を挙げて挨拶するミハエルに、シェリルは鷹揚に頷いて答えた。そして、再び視線をアルトに戻す。


「そのブランドのファッションショーが、再来週の週末にあるのよ。それで、アンタ暇?」


 やはりな、とアルトは手を伸ばした。チケットを受け取ろうとアルトに、シェリルは首を傾げ、サラリと爆弾を投下する。


「モデルが一人足りないのよ。それで、アンタを推薦しといたから」
「へ?」