真夏の夜の夢

 

 


 一部の機能を宇宙に残し、フロンティア船団の住民が、このバジュラが巣としていた星を引き継いで移住を完了させたのは、去年のことだった。町並みは可能な限り移築され、気象を制御できないこと以外は、ほぼ宇宙で生活していた頃と変わらない毎日を送れていた。


 馴染みのショッピングモールであったフォルモも、ネオフォルモと名前を変えながら、船団にあった当時と変わらぬ店舗を抱え、活況に沸いていた。


「新しい店もポツポツあるけどな」

「入れ替わり激し過ぎて、覚えてられねぇよ」


 ミハエルと違って服や装飾品に興味のないアルトには、どのブランドも同じに見えた。どの店が新しいか、なんてサッパリだ。否、そもそも船団にあった当時の店だって、覚えていない。お気に入りのスイーツがなくなれば、気付くのかも知れないが。


「そう言えば、シェリルから何か連絡あったりするのか?」


 市民の移住完了と時を同じくして、長い眠りから目覚めた女王様。アルトを、奴隷君、と呼んで憚らない彼女は、目覚めた当時はそれこそ毎日のようにアルトを呼びつけたのだ。もちろん、彼女の意図に気付かないミハエルではない。見舞いに通うアルトに、ミハエルも毎回付き添ったのだ。そうして、ベッド脇で交わされる自分とアルトの会話に何かを読み取ったらしいシェリルは、アルトを呼び出すことを諦めたらしい。常識の範囲で、メールを送ってくることはあったが。


「ちょっと前からボイストレーニング始められたらしい。あと、リハビリ頑張りすぎて、医師に大目玉食らったとか」

「ボイストレーニング始めたさに頑張り過ぎたったことかな?」

「あぁ、間違いなくそれだ」


 シェリルにとって、生きることと歌うことは同義だ。呼吸と同じ。気持は分かるが、とミハエルは苦笑を漏らした。


「焦る気持ちは分かるけど、それで体壊したら元も子もないだろう」


 ミハエルの言葉に、アルトは思わず噴き出した。


「それ、オレも同じこと言った」


 しかもシェリル曰く、


「医者にも同じこと言われたって」


 なるほど、とミハエルは頷いた。アルトが突然笑い出す筈である。不満そうに唇を尖らせるシェリルの顔が、見えるようだ。


「その元気じゃぁ、冬にはステージに立ちそうだな」


 それでも、十分なスピード回復だ。日常生活ができるようになるだけでも大変なのに、一日でも早くステージに立とうと言うのだ。日々歯を食いしばって、泣き言一つ言わずに頑張っている。その執念は計り知れず、頭が下がる思いだ。


「あれ?退院はしたのか?」


 先の戦いの中で、敏腕マネージャーを失ったシェリル。ステージに戻るにしても、誰がその後ろ盾になるのだろうか。もっと言うのなら、退院後の彼女の居場所は、誰が確保してくれるのだろうか。


「確か、もうそろそろなんて連絡が来てたな。ランカに手伝い頼むって・・・」


 歌手活動を再開するにあたり、シェリルはランカの事務所と契約したという話だ。なるほど、とミハエルは頷き、晴れ渡った空を見上げた。本当ならシェリルは、アルトに来て貰いたかったに違いない。それを遠慮させた後ろめたさを覚えつつ、的確に自分とアルトの関係を見抜いた彼女の聡明さに舌を巻く。


「・・・勘付く様にしたのは事実だけど」

「何か言ったか?」


 ミハエルの呟きに、アルトは首を傾げた。そう、アルトはシェリルに二人の関係が見抜かれているなど、露ほども思ってないのだ。もちろん、敢えて口にする必要もない。ミハエルは、すかさず話題を変える。


「姫、フローズンヨーグルトにトッピングできるみたいだよ」


 見えてきたカバ牛ミルクのアイス屋を指差せば、アルトは目論見通り目を輝かせた。案内板の前に立って、本気で悩んでいる。そんな後ろ姿に、ミハエルは目を細める。


「苺と何悩んでるの?」

「え?あぁ・・・マンゴーとライチ」


 ミハエルの声に、アルトは僅かに眉根を寄せた。悩んではいたが、苺なんて決して声には出していなかった筈である。どうしてミハエルは、苺を的確に言い当てたのだろうか。そんなアルトの疑問など知る筈もなく、ミハエルは爽やかに言ってのける。


「別に、全部トッピングしちゃえば?」

「え・・・でも・・・」


 二種類目からは、別料金と表記されているのだ。そう口籠るアルトに、ミハエルはポンと肩を叩いた。


「別に、俺の奢りなんだろ?」


 気にすることないよ、とアルトが何か言う前に、颯爽と注文してしまう。


「・・・お前の奢りだから、気にしてんだろうが・・・」


 そもそも、ミハエルに奢れ、と言ったのはただの冗談だったのに。それを額面通りに受け取った挙句、オプション付けることも厭わないなんて。そうして、ミハエルはフローズンヨーグルトを片手に戻ってくる。


「お待たせ致しました、お姫様」


 イートインスペースに腰掛けるアルトに、ミハエルは恭しくフローズンヨーグルトを差し出した。そこには、アルトが悩んだ苺にライチとマンゴー、そしてスターフルーツがフローズンヨーグルトのトップに飾られている。


「ミシェル・・・これ・・・」

「季節全然違うけど、クリスマスツリーみたいになるかなぁって」


 シェリルの復帰は冬だろう、なんて話をしていたせいで、スターフルーツを見た瞬間に思いついてしまったのだ。


「違い過ぎ」


 あはは、とアルトは笑い声を上げた。文献で目にする南半球のクリスマスというのは、きっとこんな感じなのだろうか、とアルトはスターフルーツを摘み上げた。そのまま、スプーンのようにフローズンヨーグルトを掬うと、そのままパクンと口の中に放り込んだ。


「ん〜!美味いっ」


 スターフルーツの甘みと、フローズンヨーグルトの酸味が暑さを忘れさせてくれる。アルトはスプーンに苺とフローズンヨーグルトを乗せると、そのまま口に運ぶ。苺の甘みが、フローズンヨーグルトの爽やかさを引き立てる。体の中に溜まる熱気を払うような爽快感に、アルトの手は止まらない。


「・・・そう言えば・・・」


 マンゴーとライチもペロリと食べて、ふとアルトは思い出した。まだ母が生きていた頃、今日みたいに暑い日には、近所の和菓子屋にかき氷を食べに行ったものだ。あの和菓子屋は、移築され商売を続けているのだろうか。宇治金時に更に黒蜜を掛けるのが、あの頃のアルトの贅沢だった。また食べたいな、とぼんやりするアルトの視界に、スルリと腕が写り込む。それは自分の腕と違い、筋肉が目立ち逞しい。アルトの手からスプーンを取り上げると、フローズンヨーグルトに突き刺した。


「ん?」


 スプーンはフローズンヨーグルトを撫でるように掬い、ヒョイと動いた。スプーンの行く末を、アルトの視線が不安そうに見守っている。そのキョトンとした幼い表情に、ミハエルは漏れる笑みを噛み潰しながら、スプーンに付いたフローズンヨーグルトを舐めた。


「うん・・・美味いな」

「あぁぁ!お前、食いたいなら自分の分も買ってくれば良かっただろ?」


 フローズンヨーグルトを取られた!とアルトは声を上げた。例え一匙に満たなくても、何の断りもなく横から食べられるのは、面白くない。唇を尖らせるアルトに、ミハエルは目を細める。サラリ、と美しく切り揃えられた横髪を指先で払って、ついでにフニフニと頬を突く。


「確かにさっぱりしてるけど、さすがに一つは食べきれないなぁ」


 それに、とミハエルは再びスプーンでフローズンヨーグルトを掬うと、アルトの口元に差し出した。


「俺、出資者だよ〜。一口くらい良いじゃん」


 はいあ〜ん、と引き結ばれたアルトの唇にスプーンを押し付けた。だが、公共の場でのスキンシップを嫌がるアルトには、ハードルが高いらしい。ただただ恨みがましい目で、ミハエルを睨み付ける。


「姫、融けちゃうよ?」


 良いの?と微笑み掛ければ、アルトは視線を彷徨わせた。そうだった、とミハエルを手を打った。アルトは、ここにはあくまでアイスを食べに来ただけなのだ。こんな、如何にもデートのようなことをするなど、許容範囲を超えているに違いない。だが羞恥よりも、倹約家としての性が勝った。


「ミシェル、ズルイ」


 うぅ、と小さく唸りながら、アルトは誰の視線もないことを確認すると、耳まで真っ赤に染めてスプーンに齧り付いた。


「姫、美味しい?」

「・・・・味、分からねぇ・・・」


 恥ずかし過ぎて、冷たかったかすら分からなかった。せっかく涼む為にフローズンヨーグルトを食べたのに、顔と言わず体が熱い。返せ、とアルトはミハエルからスプーンを奪うと、勢いよく突き立てた。そして、体の火照りを覚まそうと、山盛りいっぱい掬い上げた瞬間、店内のホロビジョンの映像が乱れた。否、店内のだけではない。ネオフォルモの外、街中の全てのホロビジョンの映像も、砂嵐に巻き込まれたかのようにガサガサと音を立てる。


「何が・・・・」


 アルトは、思わず腰を浮かせた。数年前、このホロビジョンが真っ赤に染まり、戦いの火蓋が切って落とされたのだ。また、あんな日々が始まるのか。


「・・・せっかく平和になったのに・・・」


 こんなにあっけなく終わってしまうものなのか。アルトが悲嘆に眉根を寄せた時、ホロビジョンにストロベリーブロンドがふわりと映った。まさか、とアルトの唇から声にならない呻きが落ちると、ストロベリーブロンドが柔らかく波打ち、懐かしい顔がホロビジョンに広がった。


「ハァイ!皆、元気してる?」

「・・・っシェリル!」


 叫んだのは、アルトだけではなかった。店内はもちろんフォルモのあちらこちら、否町中からシェリル・ノームの名を呼ぶ声が聞こえた。そんな観衆のざわめきに答えるように、シェリルは笑みを閃かせた。そのどこかいたずらっ子を彷彿とさせる笑顔に、アルトは思わず自らの肩を抱いた。嫌な予感しかしない。そんなアルトを嘲笑うかのように、画面の中のシェリルはバチンとウィンクを飛ばした。


「皆、待たせたわね。来月、シェリル・ノーム完全復活ライブをすることに決めたの」

「うおぉぉ!」


 完全復活というシェリルの言葉に、フロンティア市民は喜びに声を上げた。そんな中、アルトとミハエルは目を見開いた。退院もまだの人間が、ライブに立とうだなんて、無謀以外の何だと言うのか。


「詳細は、また今度ね」


 バァイ、と快活に手を振って、シェリルは再びストベリーブロンドを棚引かせて画面に背を向けた。同時に、映像が乱れたかと思うと、まるで何事もなかったかのように、全てのホロビジョンはシェリルを写す前の映像を流し始める。


「・・・今の、電波ジャックってヤツか?」


 あまりの衝撃に、アルトは呆然としたまま呟いた。いや、驚くべきはそこじゃない。


「復帰・・・早くて冬くらいだろうなんて、俺たちの見通しが甘かったな」


そう、あのシェリル・ノームがおとなしくしていられる訳がない。頑張り過ぎ、と医者に叱られたのは、伊達じゃない。一秒でも早くて、と強く望んだ結果が、来月の復活ライブなのだ。その時だ、ミハエルとアルトの携帯が同時に震えた。慌ててディスプレイを確認すると、そこにはスカル小隊緊急招集の文字が。

二人は顔を見合わせた。


「まさか・・・な」

「・・・そのまさかだったりして」